第1 判決の概要
本件は、価格カルテルにより課徴金納付命令を受けた会社(P社)の取締役に対する損害賠償請求が認められた株主代表訴訟です。
第2 事案の概要
1 当事者等
⑴ P社
建設事業及び合材事業を主に営む上場会社です。
大会社であり、かつ取締役会設置会社及び監査役会設置会社です。
P社は、取締役会の下に各部署を設置しており、「事業推進本部」もその部署の1つでした。さらに「事業推進本部」の下に工務部、「製品事業部」、営業部が設置されていました。
合材の製造販売事業を営むP社を含む9社は、合材にかかる会合(以下「9社会」という。)を開催し、9社会に出席したP社の従業員はその内容を「製品事業部」の部長に報告していました。また、P社では月に1~2回各部の部長、執行役員、取締役が参加する経営会議が開催されていました。
公正取引委員会は、P社が遅くとも平成23年3月から平成27年1月27日の間、アスファルト合材の製造販売事業者8社と合材の販売価格の引上げを共同して行う合意(以下「本件合意」という。)をしたと判断し、P社は不当な取引制限(独禁法2条6項)に該当し独禁法3条に違反するとして、排除措置命令を受け、また、P社は28億9781万円の課徴金納付命令を受けました。
⑵原告
P社の株主です。
⑶被告ら
P社が本件合意を行っていたとされる平成23年3月から平成27年1月27日の間、P社の取締役であった者らが被告となりました。詳細な経歴については次の通りです。
Y1:平成24年以前は従業員として9社会に参加していた者であって、平成24年6月28日以降P社の取締役であるとともに、平成24年4月1日から平成27年1月27日まで事業推進本部副本部長兼製品事業部長の地位にあった者です。
Y2:平成21年6月26日からP社の取締役であり、かつ事業推進本部副本部長兼事業推進部長の地位にあった者であって、平成24年4月1日から平成27年1月27日までは事業推進本部長であった者です。
Y3:平成24年6月28日からP社の取締役であった者で、同年4月1日から平成27年1月27日事業推進本部副本部長兼工務部長の地位にあった者です。
Y4:平成16年6月からP社の取締役に就任し財務部長等を歴任し、平成24年4月1日から代表取締役の地位にあったものです。
第3 争点
各取締役の任務懈怠の有無について、以下の点が争点となりました。
1 争点①(Y1)
Y1は、取締役就任前に従業員として9社会に出席し従業員から本件合意の報告を受けた機会等を通じて本件合意の形成を認識し、役員就任後に本件合意に従った販売価格の引き上げ等を指示したか。
2 争点②(Y2、Y3)
Y2、Y3は、本件合意を認識して本件合意に従った販売価格の引上げ等を指示したか。
3 争点③(Y4)
Y4は、本件合意の存在及び内容を知っていたか。
第4 裁判所の判断
各争点について、裁判所は、次のとおり各取締役の任務懈怠を認め、原告の請求を認容しました。
1 争点①について
裁判所は、Y1が、取締役就任前から9社会に出席し、本件合意に基づき、P社がアスファルト合材の販売価格の引上げを行っていたことを認識していたと認定しました。
その上で、裁判所は、Y1が製品事業部長として本件合意に従って製品事業部方針を決定し、同方針に従って作成された社内通達を、事業推進本部長及び同副本部長の決裁を経て発出していた事実を認定し、Y1は法令遵守義務に違反していたと判断しました。
2 争点②について
裁判所は、P社の経営会議及び通達発出において、具体的かつ実質的な検討をせず、漫然とP社の指示内容としたことは極めて不自然であることから、Y2とY3は、本件合意の存在・内容を認識していたと認定しました。
その上で、裁判所は、Y2とY3が、事業部が本件合意に従ってアスファルト合材の販売価格の引上げ方針を決定し、それをP社の指示内容とすることを妨げず、かえって事業推進本部本部長または副本部長として通達の発出を承認したと認定し、Y2,Y3は法令遵守義務に違反していたと判断しました。
3 争点③について
裁判所は、合材販売価格の引上げの要否等の問題は代表取締役として関心を払うべき最重要事項であるのに、Y4は経営会議で報告を受けても意見を述べなかったことからすると、代表取締役に就任した時点において、製品事業部ないし事業推進本部が本件合意に基づき販売価格を引き上げることを既に認識・認容していたと認定し、
Y4は、製品事業部が本件合意に従ってアスファルト合材の販売価格の引上げ方針を決定して、それをP社の指示内容とすることを妨げず、独禁法3条違反行為を黙認したとして、Y4は善管注意義務(法令遵守義務)に違反すると判断しました。
第5 本判決のポイント
1 本判決の意義
価格カルテルによって公取委から会社に命じられた課徴金について、P社の自認額を取締役の会社に対する損害賠償の金額としてそのまま認めた事例判断として重要な意義をもつ裁判例です。
2 本判決の特徴
9社会に関与していない取締役については、経営会議において、合材の販売価格等について全く具体的な討議がなされなかったのは、経営会議の参加者全員が本件合意の存在を認識しているという特殊事情がない限り不自然であるとの経験則により、価格カルテルを認識していたことを推認し、責任を肯定したという点で特徴的な裁判例です。
3 本判決の評価
本判決からは、取締役に法令違反行為の認識と直接の関与があれば、善管注意義務違反の有無を問うことなく直ちに会社に対する任務懈怠が認められること、一方で、法令違反行為に関与しなかった取締役においても、社内で違法行為が行われている認識がある以上、それを防止するために積極的な措置を取る法的義務が取締役に課されているのであるから、他の役員の法令違反行為について認識していた場合には、たとえ自身が関与していない場合であっても、任務懈怠と評価される可能性が高いということが言えるとの指摘がされています(伊勢田道仁先生「判例研究」法と政治74巻3号830頁・824頁、823頁)。
一方、本判決について批判的な評価をする学説もあり、独禁法の課徴金を役員へ転嫁することを認め会社(株主)が損害を回復することにより、課徴金制度に期待されている違法行為抑止機能・不当利得剥奪機能が損なわれるのではないか、また独禁法の課徴金の金額は高額になることから役員が個人破産に至る可能性のある過剰な制裁ではないかとの指摘をするものがあります(浜田道代「カルテル課徴金の役員への転嫁に関する考察-世紀東急工業株主代表訴訟事件を契機として-」商事法務2319号4頁)。
もっとも、上記見解については、課徴金について「損害」ではない、あるいは任務懈怠行為との相当因果関係がないとして取締役の責任を否定することは解釈論として相当な「荒技」であって、課徴金や罰金相当分について、一律かつ全面的に取締役の責任を否定することが妥当とも思われないとの批判(山部俊文「判批」ジュリスト1582号97頁・100頁)や、本件事例の下では、損害額の算定、損益相殺、過失相殺、などの手法により、取締役の賠償額の限定をすることも困難であるから、本判決がとる結論は避けられないとの批判(伊勢田道仁先生「判例研究」法と政治74巻3号830頁・821頁)があります。
4 実務上のポイント
本判決から学ぶべき、実務上のポイントは次の3点です。
⑴ 役員等に求められる姿勢
本判決を前提とすると、直接違反行為に関与していない場合であっても、他の役員等の違法行為を黙認した場合には、任務懈怠責任を負う可能性が高いものと考えられます。
そのため、前例に従う場合には各取締役において適法性の観点から検討しなおし、必要であれば反対するという姿勢が求められます。
この点、議事録に異議をとどめないと、その決議に賛成したものと推定される(会社法369条Ⅴ)という会社法の規定もありますので、場合によっては議事録への異議が必要な場面もあるものと考えられます。
⑵ 不正行為の早期発見
不正行為を早期に発見するためには、社内リニエンシー制度の導入を検討することも考えられます。
⑶ 会社に求められる姿勢
P社は、原審では本件訴訟に参加せず、控訴審から補助参加をしました。
会社が多数の客観的証拠を保有していることからすれば、第1審から補助参加をし、社内体制(特に経営会議)の実質に関する客観的証拠を提出することが適当であったのではないかと考えられます。