加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例―上場会社の定時株主総会において、事前リハーサルに基づき従業員株主に質問させたことや取締役の回答内容等に一部不適切な点があったとされたものの、決議方法が著しく不公正とはいえないと判断された事例(フジ・メディア・ホールディングス株主総会決議取消請求事件)―

上場会社の定時株主総会において、事前リハーサルに基づき従業員株主に質問させたことや取締役の回答内容等に一部不適切な点があったとされたものの、決議方法が著しく不公正とはいえないと判断された事例

(フジ・メディア・ホールディングス株主総会決議取消請求事件)

東京高判平成29年7月12日 金判1524号8頁

原審:東京地判平成28年12月15日 金判1517号38頁



第1 判決の概要

本件は、我が国の代表的なマスメディアの1社である東証第1部上場のY社の個人株主であるXらが、Y社に対し、Y社の定時株主総会(本件株主総会)において、Y社の提案する取締役の選任議案及び役員賞与支給議案を可決した決議(本件各決議)につき、ヤラセ質問等による株主の質問権の侵害及び取締役の虚偽説明による説明義務違反等を理由に株主総会決議の取消し等を求めた事案である。原判決及び本判決ともに、取消事由はないとしてXらの請求を棄却した。

(参照条文)

会社法314条(取締役等の説明義務)

取締役、会計参与、監査役及び執行役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない。ただし、当該事項が株主総会の目的である事項に関しないものである場合、その説明をすることにより株主の共同の利益を著しく害する場合その他正当な理由がある場合として法務省令で定める場合は、この限りでない。

会社法831条(株主総会等の決議の取消しの訴え)

1 次の各号に掲げる場合には、株主等...は、株主総会等の決議の日から3箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。...

一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。



第2 事案の概要

1 本件株主総会の経過

本件株主総会には、株主1405人が出席し、Y社からは4議案、Xらからは10議案が提出された。本件で問題となった議案は、Y社提出の取締役16名を選任する議案、取締役16名及び監査役5名に役員賞与合計2244万5500円を支給する議案であった。

議長Aは全ての議案の説明を行い決議事項を上程し、Xらに対し株主提案議案の補足説明を求め、Y社取締役にこれに対する意見を説明させた。

Xらは、本件株主総会前に書面で事前質問を行っており、A議長は、常務取締役Bらを指名し、会議の目的に無関係なものを除き、これらの事前質問に一括回答させた。

一括回答後、質疑応答が行われた。本件株主総会の所要時間は約2時間44分であり、実質的に質疑応答に充てられた時間は約1時間16分であった。質問をした株主合計16名のうち8名は従業員株主であり、これ以外の8名の株主の質問に充てられた時間は約53分であった。なお、Xらは挙手していたがAから指名されなかったため質問することはできなかった。

Aは16人目の質問者への回答後、質疑を打ち切り、議案の採決を行ったところ、Y社提案は全て賛成多数で可決し、Xらの提案は全て否決された。

2 事前リハーサル等に関する事情

本件株主総会を統括していたY社のC総務部長は、Y社及び子会社の従業員を動員した事前リハーサル時に、質問者役を務める従業員に対し、質問事項を記載した書面を交付するとともに、本件株主総会への出席を依頼し、リハーサル時の質問と同様のもので構わないのでできれば質問するようにと依頼した。

本件株主総会では実際に従業員株主8名が質問し、その内容は基本的に報告事項又は決議事項と関連するものであった。一般株主8名からの質問は、質疑応答の後半では、愛国保守的な番組作りについて、朝鮮総連との関係、本社屋の安全性、指名手配犯映像の放映について等であった。

最後の質問者への回答終了後に挙手していた株主は、5名程度であった。C総務部長は、審議時間、株主の質問内容等を総合考慮し、議長に質疑打切りを進言し、議長も十分審議を尽くしたとして採決に移った。

3 事前質問への回答に関する事情

X1は、多数の事前質問をしていたところ、その中には、1億円以上の報酬等を得ている役員の実名・額の開示の求め、本件株主総会の議案である役員賞与の個人別支給額の開示の求めも含まれていた。

常務取締役Bは、一括回答の際、「役員賞与は一般的に業績連動の側面がございます。当期の業績は減益ではございましたが、約315億円の連結営業利益を確保し、一定の役員賞与を支給するに足ると考えております。ただし結果に鑑み、個々の支給額は昨年と比較しまして約15%減額しております。なお支給額の開示につきましては法令に基づいて行っており、個別支給額を開示しないことは株主様の利益を損なうものではないと考えております」などと回答した(「本件回答」)。

実際には、本件総会で提案された役員賞与額は、前年度より総額で約130万円高く、一人当たりの額も1万1983円増額されていた。なお、有価証券報告書に記載されるA議長及びD副会長の賞与支給額合計(子会社からの賞与も含む。)は、前年度より15%減額されていた。

4 提訴及び原判決

Xらは、①Y社は従業員株主に質問させることで一般株主の質問時間を剥奪した上で一方的に質疑を打ち切るなどし、一般株主の質問権ないし株主権を侵害した、②被告取締役は役員賞与等につき虚偽の説明をし、会社法314条の説明義務に違反したとして、決議方法が著しく不公正又は法令に違反するとして、会社法831条1項1号に基づき本件各決議の取消しを求めるとともに、これらの議事運営が不法行為に該当するとして、Y社に対し、民法715条1項又は会社法350条に基づき慰謝料及び弁護士費用として110万円の支払いを請求した。

原判決は、①につき質問権及び株主権の侵害はないとし、②については本件各決議の方法に不公正な点があったものの、重大な瑕疵とはいえず、また決議の成否に影響を与えなかったとして、決議方法が著しく不公正とはいえないとして請求を棄却した。損害賠償についても、不法行為は存在しないとしてXらの請求を棄却した。

これに対し、Xらが控訴したのが本件である。本判決は、原審の事実認定及び争点に対する判断を一部補正したほかは全面的に引用した上、Xらの補充主張を排斥し、Xらの控訴を棄却した。



第3 判旨

1 株主の質問権ないし株主権の侵害に関して

本判決は、原判決を引用し、Y社の総務部長Cが、リハーサルに出席して株主役を務めた従業員株主に本件株主総会への出席を依頼し、実際に総会で8人の従業員株主が質問したことは、上場会社の株主総会として適切な議事運営方法といえるか疑問なしとしないと述べた。

しかし、①実質的に質疑応答に充てられた時間のうち動議やその処理に要する時間を控除すると約1時間16分であり、そのうち約53分が一般株主の質疑応答に充てられていること、②質疑応答の後半部分には一般株主の質問内容が総会の報告事項及び決議事項と関連性を有するとはいえないものが続くようになっていたこと、③質問をした株主は16人であり、そのうち一般株主は8人であったこと、④最後の質問者が指名される直前に挙手していた株主は5人程度だったこと、⑤従業員株主は、報告事項及び決議事項と一定程度関連性のある質問をしており、一般株主がこれらに関する質問をする誘因となっていた側面も否定できないことからすれば、Y社が質疑の打切りに際し、一般株主の質問権又は株主権を不当に制限したとはいえず、本件各決議の方法が著しく不公正とはいえないと判示した。

2 説明義務違反の主張に対して

本判決は、会社法314条の説明義務は、総会において株主から質問を求められたときに生じるものであり、株主の事前質問がされていたとしても当該事項につき説明義務は生じないと述べたが、「株主のした事前質問について会社がした回答の内容が虚偽のものであり、その結果、決議の内容が影響を受けたような場合には、株主総会の議事運営が著しく不公正であることによって決議の方法が著しく不公正なときに当たる場合があり得る」とした。

本判決はさらにあてはめとして、本件回答は、役員2名に限定した連結役員報酬(賞与)支給額について言及していることを明示しないまま、連結ベースで支給される同役員らの賞与の合計額の前年度比の水準を説明するものであって、株主に対して甚だわかりにくく、賞与が支給される役員全員につき個々の支給額が前年度比15%減されるものと株主が誤解する可能性もあり、適切とは言い難いとした。

しかし、議案ではあらかじめ役員賞与支給額総額及び支給対象役員の人数が明示され、招集通知及びAの議案上程の際にも説明されていたため、株主は支給の根拠及び理由につき誤解する可能性があったにとどまることから、説明が虚偽とまでは認められず、また本件各議案については、議決権の事前行使により既に過半数の賛成票が投じられており、本件回答は決議の内容にも影響を与えていないと判示し、決議方法が著しく不公正とはいえないとした原判決を是認した。

3 損害賠償請求について

さらに、損害賠償についても、Xらに質疑打ち切りによる質問権及び株主権の侵害はなく、本件回答によりいかなる権利侵害を受けたかも不明であるとして、不法行為は成立しないとした原判決を是認した。



第4 実務上のポイント

1 いわゆるヤラセ質問について

従業員株主との関係では、従業員株主を先に会場に入場させたことは適切でなかったと判示した最判平成8年11月12日集民180号671頁(四国電力損害賠償請求事件)、従業員株主の声かけ、発言等によって一般株主の質問機会が全く奪われる場合には決議方法が著しく不公正とされる場合があると判示した大阪地判平成10年3月18日判時1658号180頁(住友商事株主総会決議取消等請求事件)等がある。

株主総会のリハーサル自体は、総会の円滑な実施のため株主の利益ともなるものであり実務上も許容されるところ、従業員株主がリハーサルに基づき質問を行ったとしても、一般株主の質問機会を実質的に奪うことなく、総会のスケジュール等も踏まえ、平均的株主が議題の合理的判断に必要な質疑がなされたと判断できる場合には、著しく不公正な方法の決議とはいえないであろう。

その判断においては、本判決が指摘するように、一般株主の質疑に充てられた時間、一般株主の質問数、これらと従業員株主との質疑に充てられた時間の比率、一般株主の質問内容、その他質疑の経過等に照らし、一般株主の質問権が制限され決議に影響が及んだか否かが検討されることになると思われる。

2 説明義務違反について

事前質問のみでは説明義務違反が発生しないこと(東京高判昭和61年2月19日判時1207号120頁参照)、取締役の虚偽説明により決議に影響を及ぼした場合に決議方法が著しく不公正として取消事由となることについては、異論がないものと思われる。

説明義務違反が主張される事案では、株主側が会社側の発言につき虚偽性等を問題とする例が少なくないが、本判決のように、発言自体のみならず、株主に提供されている他の資料等も総合考慮の上、虚偽性の内容・程度、平均的株主が議決権行使の前提として合理的な理解及び判断を行いうるかが重要と考えられる(東京高判平成23年9月27日金判1398号2頁参照)

3 紛争を見据えた総会対応

本判決は著名な上場会社の例であるが、中堅・中小企業の内部紛争においても、株主総会の議事進行が問題視されるケースは多い。

株主側・会社側ともに、事前準備が重要である。会社側は、想定質問・想定回答のシミュレーションを周到に行い、説明義務の外延を認識しておくべきであるし、株主側も、説明義務との関係で予定質問の関連性・必要性等を説明する準備を整えておくべきである。

総会当日には、録音・録画等により証拠を保全することも重要である。既に対立状態が激しい場合には、総会検査役(会306条)の選任を検討すべき事案もあろう。

弁護士 佐野千誉

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