加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例ー取締役会の決議を経ない重要な財産の譲受け、利益相反取引を行ったとして忠実義務違反を理由に損害賠償請求を求めたのに対し、総株主の同意、損害の不発生を理由にこれを認めなかった事例ー

取締役会の決議を経ない重要な財産の譲受け、利益相反取引を行ったとして忠実義務違反を理由に損害賠償請求を求めたのに対し、総株主の同意、損害の不発生を理由にこれを認めなかった事例

水戸地土浦支判平成29年7月19日 判タ1450号240頁(控訴後和解)


第1 判決の概要

本件は、X社が、同社の代表取締役であったYに対し、①重要な財産の譲受けに当たるにもかかわらず、取締役会の決議を得ずに第三者から土地を購入する契約(本件売買契約1)を締結したとして、忠実義務違反を理由に、損害賠償を求めたものである。それだけでなく、X社は、Yが、②利益相反取引に該当するにもかかわらず、取締役会の決議を得ずに自己が代表取締役を務めるA社から土地建物を購入する契約(本件売買契約2)を締結したとして、この点でも忠実義務違反を理由とする損害賠償を求めた。

本件における争点は、①本件売買契約1については、重要な財産の譲受けにもかかわらず取締役会の決議を得ていないことを理由に、Yに忠実義務違反が認められるか否かであった。また、②本件売買契約2については、Yが取締役会の決議を欠く利益相反取引を行ったことによって、損害が発生していたか否かであった。

本判決は、本件売買契約1の締結については、総株主の承認があることを理由に、本件売買契約2の締結については、損害が発生していないことを理由に、いずれについてもX社の請求を認めなかった。

(参照条文)

会社法356条(競業及び利益相反取引の制限)

1 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき

会社法362条(取締役会の権限等)

4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。

一 重要な財産の処分及び譲受け



第2 事案の概要

X社は、焼却装置等の設計、施工及び保守管理等を目的とする会社であり、Yは、本件売買契約1及び2締結当時のX社の代表取締役であった。

上記各契約が締結された当時、X社の発行済株式総数のうち5分の3をBが、残りの5分の2をYが保有していた。そして、Bは、焼却炉の営業活動等に関し経営上の意思決定を行っており、実質的な経営者と目されていたが、X社の代表取締役には就任しなかった。

本件売買契約1は、X社が甲土地と乙土地を購入するというものであり、同社の代表取締役であるYが締結したものである。もっとも、上記各土地の購入を決めたのはBであり、同契約の土地売買契約書にX社の代表者印を押印したのもBであった。

本件売買契約2は、Yが代表取締役に就任しているA社が2100万円で売りに出していた丙土地及び丁建物を、X社が1900万円で購入するために締結されたものである。そして、同契約成立の約1年後に、X社は、丙土地及び丁建物に極度額を2000万円とする根抵当権を設定していた。また、同契約成立後もX社は、丙土地及び丁建物の賃貸により、1年以上年約86万円から97万円の賃料収入を得ていたほか、その後にも、賃料月額7万5000円とする賃貸借契約を締結しており、同契約の賃借人が退去した後も、X社は、丁建物を社宅として利用し、他の取締役が居住したこともあった。さらに、本件売買契約成立の約6年後の、丙土地及び丁建物の不動産業者による査定額は1680万円ないし1700万円であった。

X社は、①本件売買契約1の締結については、重要な財産の譲受け(会362条4項1号)に該当するにもかかわらず、取締役会決議を経ていないことにつき、②本件売買契約2の締結については、利益相反取引(会356条1項2号)に該当するにもかかわらず、取締役会の承認を得ていないことにつき、取締役としての忠実義務に違反し、任務懈怠が認められるとして、Yに対し、損害賠償を求めた。



第3 判旨

1 本件売買契約1の締結について

本判決は、本件売買契約1の締結につき、同契約締結の意思表示をしたのはYであり、甲土地及び乙土地の購入を決め、契約書にX社の代表社印を押印したのはBであったことから、総株主(Y及びB)の事前の承諾が認められることを理由に、「重要な財産の譲受け」に当たるか否かを判断するまでもなく、Yに忠実義務違反は認められないとした。なお、本判決は、上記のような判断は、事後的に総株主の同意があれば、取締役の任務懈怠に基づく損害賠償責任が免除されること(会424条)に整合するとも述べている。

2 本件売買契約2の締結について

本判決は、本件売買契約2が利益相反取引に該当し、Yに忠実義務違反があったことは認めた。

もっとも、同契約締結後に極度額を2000万円とする根抵当権が設定されたこと、本件売買契約2締結の約6年後の不動産業者による査定額は1680万円ないし1700万円まで下がったものの、同契約締結後にX社は、年90万円程度の賃料収入を取得していたことがあったほか、社宅として利用していたこともあったなどの事情から、本件売買契約2締結当時のA社による丙土地及び丁建物の販売価格2100万円は丙土地及び丁建物の価格に見合うものであったと判示した。

その上で、これらの不動産を1900万円で購入する本件売買契約2を締結したことにより、X社に損害が発生したとは認められないとした。



第4 実務上のポイント

1 取締役会決議の欠缺と総株主の同意について

利益相反取引については、総株主の事前の合意があれば、取締役会の承認は不要と解するのが判例である(最判昭和49年9月26日民集28巻6号1306頁)。もっとも、重要な財産の譲受けのように会社法362条4項が取締役会の決議を要すると規定している行為についても、事前に総株主の同意があれば、取締役会の決議は不要となるかどうかについて判断した判例はない。

本判決は、事前に総株主の承認があれば、取締役会の決議を経ていない重要な財産の譲受けであっても、忠実義務違反は認められないとの立場に立つものである。このような考え方は、本判決も指摘するように、事後的に総株主の同意があれば、取締役の任務懈怠に基づく損害賠償責任が免除されること(会424条)とも整合的である。

そのため、今後の実務において同様の判断を行う裁判官は多いように思われる。

閉鎖会社の中には、取締役会が開催されていない会社も少なくない。そのため、株主間で対立が生じた場合、取締役会の決議が必要な取引につき、取締役会の決議を経ていないことを理由に忠実義務違反が認められる等の主張がなされることがある。しかしながら、当該取引当時は賛成していたものの、対立が生じたために、事後的にこれを翻して取締役会の決議がないことを問題とすることもあり得る。そのため、このような事案については、問題となった取引がなされた経緯等を調査して、総株主の合意が認められるといえるような事情がないかどうかを確認すべきであり、その際には本判決の判断が参考となることもあると思われる。

2 利益相反取引における損害の発生について

本判決は、利益相反取引につき取締役会の承認を得ていないことについて、忠実義務違反を認めたものの、これによる損害の発生を認めていない。

閉鎖会社では、利益相反取引に該当する不動産取引(売買、賃貸等)が行われることが見られるところ、そもそも取締役会を開催していない会社では、これを承認する取締役会の決議もない。しかしながら、前項で述べたように利益相反取引については、総株主の事前の合意があれば、取締役会の承認は不要と解するのが判例である以上(前掲最判昭和49年9月26日)、総株主の明示黙示の承諾があることを理由に、当該行為を行った代表取締役に忠実義務違反等が認められないことはあり得る。

また、仮に忠実義務違反が認められるとしても、相当性が否定されにくい取引価格で取引されていることもある。そのような場合は、相当性を裏付けるような資料がそろっていることも少なくなく、損害の発生を立証することは必ずしも容易ではないことがある。

そのため、忠実義務違反等を理由に任務懈怠責任を追及することを検討している株主としては、利益相反取引の存在から安易に損害も発生していると考えるのは危険である。損害が発生したか否かについては十分な調査を行った上で判断すべきであり、その際には、本判決が考慮したような第三者による担保評価や賃料収入額等が重要となることもあると思われる。

弁護士  太井 徹

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