加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例―定時株主総会の招集通知において提供されるべき事業報告が欠けており、会社が附属明細書の閲覧、謄本の交付に応じなかった事案において、計算書類承認決議の取消しが認められた事例―

定時株主総会の招集通知において提供されるべき事業報告が欠けており、会社が附属明細書の閲覧、謄本の交付に応じなかった事案において、計算書類承認決議の取消しが認められた事例

東京地判平成27年10月28日 判時2313号109頁


第1 判決の概要

本件は、同族間の経営権争いが背景にある事案において、Y社の法定書類の備置懈怠等を理由に、株主Xが株主総会決議取消訴訟を提起したところ、計算書類承認決議が取り消された一方、役員の選任決議の取消しは棄却された事例である。

本判決は、本訴訟でXが主張した決議取消事由は複数に上るが、招集に際して提供されるべき事業報告が提供されなかった点、Xの計算書類の附属明細書の閲覧及び謄本交付請求をYが拒否した点等を踏まえ、株主の事前の実質的な準備が不能であったとして、Xの請求を一部認容した。

(参照条文)

会社法437条(計算書類等の株主への提供)

取締役会設置会社においては、取締役は、定時株主総会の招集の通知に際して、法務省令で定めるところにより、株主に対し、前条第3項の承認を受けた計算書類及び事業報告(同条第1項又は第2項の規定の適用がある場合にあっては、監査報告又は会計監査報告を含む。)を提供しなければならない。

会社法442条(計算書類等の備置き及び閲覧等)

1 株式会社は、次の各号に掲げるもの(以下この条において「計算書類等」という。)を、当該各号に定める期間、その本店に備え置かなければならない。

一 各事業年度に係る計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書(第436条第1項又は第2項の規定の適用がある場合にあっては、監査報告又は会計監査報告を含む。) 定時株主総会の日の1週間(取締役会設置会社にあっては、2週間)前の日(第319条第1項の場合にあっては、同項の提案があった日)から5年間

3 株主及び債権者は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。ただし、第2号又は第4号に掲げる請求をするには、当該株式会社の定めた費用を支払わなければならない。

一 計算書類等が書面をもって作成されているときは、当該書面又は当該書面の写しの閲覧の請求

二 前号の書面の謄本又は抄本の交付の請求


第2 事案の概要

取締役会設置会社かつ非公開会社であるY社は、平成25年6月7日頃、会日を同月19日として、計算書類承認決議、取締役の再任決議及び監査役の選任決議(本件各決議)を目的とする定時株主総会(本件株主総会)を招集したが、招集通知には、事業報告及び計算書類の一部である個別注記表が添付されていなかった。

また、監査役の監査報告は添付されていたものの、当期の決算に関し「現在の会社の対応では不能である」との記載がされていた。

Y社の株主Xは、招集通知受領後の平成25年6月12日、Y社の営業時間に本店に赴き、Y社の当期事業報告、計算書類、及びこれらの附属明細書の閲覧及び謄本の交付を請求したが、Y社はこれを拒否した。

Xの閲覧等請求の翌日、Y社はXに対し、個別注記表を含む計算書類及び原価報告書等を送付したが、事業報告は提供されず、事業報告及び計算書類の附属明細書も提供されなかった。

本件株主総会においては、事業報告は作成されておらず、また監査報告は総会の2週間前からは本店に備え置かれていなかった。

本件株主総会では、定足数を満たす株主の出席、過半数の議決権を有する株主の賛成により、議案とされた各決議が可決された。

このような経過において、XがY社に対し、本件各決議の取消しを求め提訴したのが本件である。


第3 判旨

本判決は、法定備置書類の本店への備置きや株主によるその閲覧、謄本の交付は、株主の株主総会への準備を目的とするものであり、会社法の規定に違反して備置きがされなかったときは、これを定時株主総会招集手続の一環と解して、その懈怠は原則として決議取消原因に当たると解すべきであるが、それが実質的に株主の態度決定の準備を不能にさせるようなものでないときは、裁量棄却事由に当たり得ると判示した。

本件では、個別注記表については本件株主総会に先立ってXに交付され、招集通知に際して提供されるべき計算書類が追完されたといえるが、招集通知に際し事業報告が欠けていたこと、計算書類の附属明細書の閲覧等請求が拒絶され法定備置書類の備置の不備があったことは招集手続の瑕疵に当たるとした。また、監査報告は株主が決算を承認するか否かを判断するに当たって重要な書類であるところ、本件の記載では実質的に監査報告の提供があったとは言いがたいとした。

これらを踏まえ、本判決は、計算書類承認決議に関し株主の実質的な準備は不能であったとして、同決議に関する瑕疵は重大であり、裁量棄却はできず、決議取消しを認めた。

一方、取締役再任及び監査役選任決議については、瑕疵との関連性がないとして、取消しは認められないとした。

なお、その後の本件株主総会後の決議により、瑕疵なく本件株主総会で承認の対象となっていた計算書類等が承認されたとのY社の主張に対しては、再度の決議により決算が有効となる余地があるとしても、追認決議でないことから、取消原因を遡及的に消滅させ瑕疵を治癒するものではないとした。


第4 実務上のポイント

1 定時株主総会の招集手続等に関する規律

取締役会設置会社かつ監査役設置会社の場合、定時株主総会の招集の通知に際して、取締役は、計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及び個別注記表)事業報告及び監査報告を株主に提供しなければならず(会437条)、また、定時株主総会の日から2週間前の日から5年間、計算書類、事業報告、これらの附属明細書及び監査報告を本店に備え置かなければならない(会442条1項1号)。さらに、株主にはこれらの閲覧及び謄本交付請求権がある(同条3項)。

2 招集手続の瑕疵

本件では、事業報告の不提供、附属明細書の不備置をもって、招集手続の法令違反(会831条1項1号)を認めた。また、監査報告の提供が実質的になされたとはいえない点[1]も含め、瑕疵の重大性を認め、裁量棄却(同条2項)も否定している。

これらの手続違反が、本件の株主Xの議決権行使の判断にどの程度影響を与えたかは判旨から必ずしも明らかではないものの、裁判所は、招集手続違反が明確に認定できた場合には、瑕疵の重大性を否定することには消極的であるように思われる。

中小企業においては、過去の慣習に従い総会運営を行っていることなども多く、その場合法的には手続に不備があり、法令違反が存在することも少なくない。特に、税務申告用の書類のみを整えている場合、事業報告を作成していないことや、個別注記表や附属明細書の記載事項が欠けていることもあるため、会社側としては留意が必要である。平時には手続違反が顕在化することが稀だとしても、株主と経営陣が対立する等、内部紛争の場面においてはこのような手続違反が株主による攻撃材料となってしまう。本件も、同族間紛争を背景として他にも多数の訴訟等が提起されていた事案である。

そのため会社側としては、招集手続、法定書類備置、総会運営等における法令遵守に細心の注意を図る必要がある。株主側としては、裁量棄却がなされる事案でないことを主張するため、瑕疵の重大性はもちろんのこと、総会の態度決定の準備が不能になったことを強調することになろう。

3 計算書類承認の再決議との関係

本件で、Y社が後行の株主総会にて計算書類承認の再決議を行っていたにも関わらず、追認決議ではないことを理由として、裁判所が本訴訟で取消しを認容した点は、計算書類承認決議の再決議と取消訴訟の訴えの利益について、再決議がなされたなど特別の事情がない限り当該先行決議の取消しの訴えの利益は失われないと判示した最判昭和58年6月7日民集37巻5号517頁(チッソ株主総会決議取消事件)との関係で問題となりうる。

同最判に従った場合、再決議が追認決議であるか否かにかかわらず、同一内容の計算書類の承認決議がなされれば、先行決議の取消しを求める訴えの利益は失われるのではないかと思われる。その点で、判旨の理由付けには一部疑問がある[2]

もっとも、本件では、後行の再決議にも備置義務違反の瑕疵が存在したこと、Xは後行の再決議に対しても決議取消訴訟を提起し審理中であることが事実認定されている。これを前提とした場合、再決議が有効に確定しているとはいえないため、訴えの利益を失わせるべきではないとの結論は首肯できるものと思われる[3]

4 関連裁判例

計算書類等の備置義務違反が総会決議の取消事由になると判示した裁判例として、東京高判昭和48年10月30日金判398号2頁福岡高宮崎支判平成13年3月2日判タ1093号197頁宮崎地判平成13年8月30日判タ1093号192頁等がある。

弁護士 佐野 千誉



[1] 監査報告の提供が実質的にはなかったとの点を、本判決が法令違反とまで評価しているか否かは判旨から明確ではない。本判決は、法令違反と評価するかどうかはともかくとして、株主の実質的な準備が不能であったことを基礎づける一要素と位置づけたものと推測される。

[2] 本件では、Y社は再決議による瑕疵の治癒は主張していたが、再決議による訴えの利益の消滅については主張していなかったようである。

[3] 株主総会決議取消しの訴えが確定するまでは、当該決議は有効であることを前提とすべきと解されているものの(東京高判平成31年1月30日ウエストロー2019WLJPCA01306010)、他方で訴えの利益が失われるか否かの場面では、後行決議が取消しの訴え等の提起なく確定しているか否かが重要であると解される(最判平成4年10月29日民集46巻7号2580頁ブリヂストン株主総会決議取消事件)名古屋地判平成28年9月30日判時2329号77頁)。

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