加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-締結された株式譲渡契約に反して譲渡の拒否をしたために違約金の損害を会社に負担させたことにつき、取締役の任務懈怠責任が否定された事例-

締結された株式譲渡契約に反して譲渡の拒否をしたために違約金の損害を会社に負担させたことにつき、取締役の任務懈怠責任が否定された事例

東京高判平成28年2月18日 金判1493号32頁(上告、上告受理申立て)

原審:東京地判平成27年9月11日 金判1493号40頁

第1 判決の概要

本件は、補助参加人Z社が、従前締結していた株式譲渡契約に基づく株式買取の申し出を拒否したことにより損害賠償債務を負担したため、Z社の株主であるX社が、当時の取締役であったYらに対し、当該損害賠償債務と同額の損害賠償を求める株主代表訴訟の事案である。

本件では、Yらの善管注意義務違反の有無が争点となったところ、原審はこれを否定し、本判決も原審の判断を是認した。

(参照条文)

会社法847条(株主による責任追及等の訴え)

3 株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

会社法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(・・・)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


第2 事案の概要

1 株式譲渡契約の締結

Z社の創業者であるAは、平成2年頃、事業拡大に伴い、Zグループに属する会社を分社化し、長男Y1に対しタクシー会社を、次男Y2に対しハイヤー事業を営む会社等を承継させ、三男Bに対しては自動車学校の経営を目的とするX社等を承継させることにした。しかし、X社については、会社運営の安定のために、Z社がX社株式を保有し続け、将来にわたって段階的にB並びにBが支配する会社(C社、D社及びE社)等(Bら)に買い取らせることにした。

そのため、Z社は、平成7年1月10日、Bら及びX社との間で本件契約書が取り交わされた。

本件契約書には、Z社がBらに対し当時のX社株式総数の全部に当たる2万8890株のうち1万8890株を売り渡すこと、Bらは、将来X社が新株発行等を行った場合に、その発行済株式総数の3分の2に充つるまで、Z社に対しZ社所有のX社株式を買い取る権利を有すること、本契約上の義務に違反した場合には、X社発行済株式総数の時価の3分の2に相当する額を損害賠償として支払うこと等が定められていた。

その後、Z社、Bら及びX社は、平成9年5月14日、本件契約に基づき、Z社がC社に対し、X社株式3700株を、平成10年から平成18年までの間9回(毎年3月1日)に分割し、毎年3月1日の予約完結日に予約株式のうちの買入数を文書にて通知することにより売買予約完結の意思表示をなしたときは、Z社の意思表示なしに当然に売買契約が成立することなどを内容とするX社株式の売買予約契約を締結した。


2 紛争に至る経緯

平成13年7月、Aが死亡した後、Z社では、Yら及びBが代表取締役として共同で経営に当たっていたところ、Bが個人的な株投資の失敗によってX社やZ社を含むZグループ各社からの借入金が膨らんでいたことなどから、BらYらとの関係が険悪なものとなっていた。

平成18年6月時点で、BらはZ社からX社株式1万6930株を取得していたところ、YらはF弁護士にBらによる本件契約に基づくX社株式の買取請求について相談した。これに対し、F弁護士は、Yらに対し、本件契約は包括的な基本契約であり、個別契約である本件予約契約の期間は経過しているので、Bらが今後もX社株式の購入を進めるためには本件契約とは別に改めて個別の株式を対象とする売買契約の締結が必要である旨助言した。

平成19年2月、C社及びD社は、Z社に対し、本件契約に基づき合計1450株のX株式を買い取る旨通知し、その代金をZ社に送金したが、Yらは、上記F弁護士の助言に基づいて、Aの借入金の返済がなされるまでX社株式の売却に応じない旨記載した不売通知書を送付し、代金も返金した。

これに対し、C社及びD社は、本件契約上の義務に違反するとして、Z社に対し、103億円余の損害賠償の支払いを求めて提訴したところ、最終的にZ社には22億円の支払い義務が命じられた。

その後、X社は、Z社の株主として本件契約違反によってZ社に生じた22億円の損害について、Yらに対し、株主代表訴訟を提起した。

原審は、X社の請求を棄却したので、X社は控訴した。


第3 判旨

1 善管注意義務違反の判断基準

本判決は、善管注意義務の内容について、行為者が従事する職業や地位に対して通常期待される一般的・抽象的な注意義務であることを確認したうえで、その違反に関する判断基準について次のように述べた。

「善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか否か、及びその状況と取締役に要求される上記の能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべきであり、取締役が業務執行を決定するに際し、弁護士や証券アナリスト等の専門家のアドバイスを受け、それを合理的に信頼して業務執行の決定等を行ったときは、その内容が著しく不合理なものでない限り、合理的な情報収集・調査・検討等が行われたものとして、善管注意義務に違反しないと解すべきである。


2 具体的検討

まず、本判決は、C社及びD社による買取通知がなされた当時、X社からBらに対し、38億円を超える多額の貸付金があったこと、Bの借金問題については話し合いが決裂したとの経緯があったこと、平成18年3月時点でBらが保有するX社株式の保有比率が46.51パーセントとなっていたこと、本件買取通知に応じるとAらの保有するX社株式の保有比率が50パーセントを超え、Aの責任等が曖昧なままにされるおそれが想定されたことを指摘し、本件買取拒否は、その当時X社の発行済株式3万6400株のうち1万9470株を保有する株主であったZ社の取締役の経営判断として不合理なものであるとは言えないと判示する。

また、本判決は、本件契約は包括的な基本契約であり、個別契約である本件予約契約の期間は経過しているので、Bらが今後もX社株式の購入を進めるためには本件契約とは別に改めて個別の株式を対象とする売買契約の締結が必要である旨のF弁護士からの助言に基づいて本件買取拒否を行っていることを指摘する。そのうえで、本判決は、本件契約書には本件契約に基づき締結された本件予約契約は平成10年から平成18年までを売買契約の対象期間としていることなどを指摘し、F弁護士の助言内容は著しく不合理とは言えず、これらを踏まえたうえでのYらの本件買取拒否の意思決定及び執行は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・検討に基づく合理的な判断というべきであり、善管注意義務に違反するものではないと判示した。


第4 実務上のポイント

1 本判決の意義

本判決は、専門家による判断を経て行われた取締役の判断に関し、経営判断の枠組みに従って取締役の善管注意義務を否定した点に意義がある。


2 判断枠組みについて

従来の判例、裁判例では、経営上の判断が求められる行為について善管注意義務違反の有無が問題となる事案では、①経営判断の前提となる事実認識の過程(情報収集とその分析・検討)における不注意な誤りに起因する不合理さの有無、②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理さの存否の2点を審査対象とする判断基準(経営判断原則)が採用され(東京地判平成5年9月16日判時1469号25頁等)、本判決も「善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか否か、及びその状況と取締役に要求される上記の能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべき」であると述べて、経営判断原則に基づき判断している。

そのうえで、本件では判断の過程でF弁護士の助言を受けていることを受けて、「弁護士や証券アナリスト等の専門家のアドバイスを受け、それを合理的に信頼して業務執行の決定等を行ったときは、その内容が著しく不合理なものでない限り、合理的な情報収集・調査・検討等が行われたものとして、善管注意義務に違反しないと解すべきである。」と述べている。

かかる判示を前提とすると、専門家の判断が存在する場合の判断過程の合理性の判断の対象は取締役が信頼した当該専門家の判断の合理性であることとなり、専門家の判断が一定の合理性を有している場合には基本的に取締役の善管注意義務が否定される。

そのため、経営判断を行う取締役としては、後に責任を追及されるリスクを防止するために、当該経営判断の対象となる分野に通じた専門家の判断を仰ぐことを検討するべきである。その際には、当該専門家の判断が著しく不合理であると判断されるリスクを防止するために、場合によってはセカンドオピニオンを取得することも検討するべきである。

この点、社債の取得に際して金融アドバイザーの推奨意見を受けていた事例において、当該アドバイザーが意見を述べることが同人の能力を超えるとはいえないとの理由から、社債の取得に関する取締役の責任を否定した裁判例があり(東京高判平成30年9月20日金判1566号27頁(オービック株主代表訴訟事件)【裁判例48】)、参考となる。


3 具体的なあてはめについて

(1)判断内容の合理性について

まず、本判決は、判断内容の合理性について、Yらによる本件買取拒否がX社からBらに対し、38億円を超える多額の貸付金があったことを指摘し、BらのX社株式の保有比率が50パーセントを超えることにより、Bの責任等が曖昧なままにされることを防止するためにあった旨述べ、買取を拒否して保有比率が50パーセントを超えることを防止することも経営者の判断として不合理なものとはいえないと判断している。

本判決が述べるBの責任がいかなる責任を指すものであるかについては本判決の判示からは明らかでない。

ここでいう責任がBの借入金債務の返済義務のことを指していると措定すると、仮にBらのX社株式の保有比率が50パーセントを超えることで、X社がBから貸付金の弁済を受けることができないような事態が生じれば、X社の株主であるZ社にも損害が生じるので、これを防止するために本件買取通知を拒否することもあり得ない経営判断ではないと思われる。

しかしながら、本件買取通知に応じた場合でも、Z社は、依然としてX社の株主であるから、仮にBらのX社株式の保有比率が50パーセントを超え、事実上X社がBから貸付債権の弁済を受けられないような事態が生じた場合であっても、Z社としては、Bに対し、貸付債権の弁済を求めて株主代表訴訟を提起する方法[1]やB個人に対して貸付債権の管理に関する責任追及を問うなどして、権利救済を図ることが可能である。

そのため、X社がBらに対し貸付債権を有していることとBらのX社株式の持株比率について50パーセントを超えないようにすることとの間にどの程度まで関連性があるのか疑問である。

また、あくまで結果論であるが、Z社は、本件買取拒否により、C社及びD社に対し22億円の支払義務を負う結果となっていることも考えると、Yらが著しく不合理な判断を行ったとの判断もあり得るのではないかと思われる。


(2)判断過程の合理性について

本判決は、YらがF弁護士の助言に基づいて本件買取拒否を行っていることを前提とし、F弁護士の助言が著しく不合理とはいえないとして、合理的な情報収集・検討に基づく合理的判断であるとしている。

F弁護士の助言は契約解釈に関するものであり、F弁護士の助言の当否については本稿では立ち入らないが、別件訴訟において助言で述べられた解釈が否定されているのにもかかわらず、合理的な情報収集・検討に基づく合理的判断であるとされている点は注目される

浅井佑太


[1] 平成17年改正前商法の事案であるが、最高裁は、株主代表訴訟の対象となる旧商法267条1項にいう「取締役ノ責任」には、取締役が会社との取引によって負担することになった債務についての責任も含まれると判示しており(最判平成21年3月10日民集63巻3号361頁)、会社法下においても同様であると考えられている(高橋譲「判解」最判解民事篇平成21年度(上)196頁(2012))。かかる判例に徴せば、Z社としては、Aに対し、貸付債権をX社に支払うことを求めて株主代表訴訟を提起することも可能であると思われる。

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