加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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M&A取引における情報開示⑵‐金融商品取引所規則による適時開示‐

 上場会社が当事者となるM&Aにおいては、金融商品取引所規則による一定の情報開示(適時開示)を行う必要がある場合があります。

 したがって、M&Aを検討する会社においては、事前に当該規則に関する知識を取得しておく必要があります。

 以下では、適時開示について説明します。

 なお、金融商品取引法でも情報の開示が求められておりますが(法定開示)、この点については本稿で取り上げず、別の項でご紹介しておりますので(M&Aにおける情報開示⑴‐金融商品取引法による法定開示‐)、そちらをご覧ください。

●適時開示とは

 金融商品取引所は、金融商品取引法に基づく法定開示とは別に、適時開示義務を上場規則として定めています。

 適時開示とは、金融商品取引所が、その開設する金融商品市場に上場された有価証券の発行者に対して、証券の価値の判断にとって重要な会社情報が生じた場合に、これを新聞発表等により適時に開示する制度をいいます。

 例えば、東京証券取引所(以下「東証」といいます。)の上場会社が規則において定める適時開示義務に違反した場合、次のような制裁が科されます。

 まず、東証は、上場会社が適時開示義務に違反し、かつ必要があると認める場合には、適時開示義務に違反した旨公表することがあります(有価証券上場規程(東証)第508条、以下、この規程を「東証上場規程」といいます。)。

 次に、東証は、上場会社が適時開示を適正に行わなかった場合で、改善の必要性が高いと認めるときは、当該会社に対して改善報告書の提出を求め、提出された改善報告書を公表することがあります(同第502条ないし同505条)。

 また、東証は、上場会社が取引所の市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認めるときは、当該会社に対して、上場契約違約金の支払いを求めることができます(同第509条)。この場合には、重大な違反があったとして上場廃止の措置が執られる場合もあります(同第601条第1項第12号)。

 このように、適時開示義務に違反した場合、様々なサンクション(制裁)が課される可能性がありますので、上場会社がM&Aを行う場合には、適時開示の必要がないかどうかについて注意する必要があります。

 なお、適時開示された情報については、東証が運営するTDnetにて公開されます。

●適時開示の対象について

 東証上場規程第402条は、上場会社が重要な事項を決定した場合(決定事実)、又は重要な事実が発生した場合(重要事実)について、適時開示を求めており、決定事実には、合併などの組織再編成、事業譲渡、業務上の提携、子会社等の異動を伴う株式取得や譲渡などM&Aに関係する事実が含まれます。

 上記決定事実に該当するものであっても、一定の基準に満たないものについては例外的に適時開示の必要がありません(軽微基準)。

 上場会社が適時開示を行うことを要するM&Aに関連する主な決定事実については、次のとおりです。なお、上場会社の子会社等(金融商品取引法第166条第5項において規定されている子会社(※1)をいい、特に上場外国会社にあっては、その子会社、関連会社その他東証が必要と認める者も含みます。)において、合併などの組織再編成、事業譲渡、業務上の提携、孫会社等の異動を伴う株式取得や譲渡などの決定事実が生じた場合については、東証上場規程第403条が規定しておりますが、以下の説明では上場会社自身がM&Aを行う場合を念頭において、東証上場規程第402条が定める適時開示について説明しています。

決定事実

軽微基準

株式を引き受ける者の募集、売出し等

募集の払込金額又は売出価格の総額の払込金額が1億円未満であると見込まれること

株式交換

なし

株式移転

なし

合併

なし

会社分割

なし

事業の譲渡又は譲受け

1 事業の一部を譲渡する場合

 次の⑴から⑸までに掲げるもののいずれにも該当すること。

⑴直前連結会計年度の末日における当該事業の譲渡に係る資産の帳簿価額が同日における連結純資産額(連結財務諸表における純資産額をいう。以下同じ。)の30パーセントに相当する額未満であること。

⑵当該事業の譲渡の予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲渡による連結会社(上場会社を連結財務諸表提出会社とする連結会社をいう。以下同じ。)の売上高の減少額が直前連結会計年度の売上高の10パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑶当該事業の譲渡の予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲渡による連結経常利益の増加額又は減少額が直前連結会計年度の連結経常利益金額の30パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑷当該事業の譲渡の予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲渡による親会社株主に帰属する当期純利益(IFRS任意適用会社である場合は、親会社の所有者に帰属する当期利益。以下同じ。)の増加額又は減少額が直前連結会計年度の親会社株主に帰属する当期純利益金額の100分の30に相当する額未満であると見込まれること。

⑸取引規制府令第49条第8号イに掲げる事項

2 事業の全部又は一部を譲り受ける場合

 次の⑴から⑸までに掲げるもののいずれにも該当すること

⑴当該事業の譲受けによる資産の増加額が直前連結会計年度の末日における連結純資産額の30パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑵当該事業の譲受けの予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲受けによる連結会社の売上高の増加額が直前連結会計年度の売上高の10パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑶当該事業の譲受けの予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲受けによる連結経常利益の増加額又は減少額が直前連結会計年度の連結経常利益金額の30パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑷当該事業の譲受けの予定日の属する連結会計年度及び翌連結会計年度の各連結会計年度においていずれも当該事業の譲受けによる親会社株主に帰属する当期純利益の増加額又は減少額が直前連結会計年度の親会社株主に帰属する当期純利益金額の30パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑸取引規制府令第49条第8号ロ又はハに掲げる事項

業務上の
提携

 次の⑴及び⑵に掲げるもののいずれにも該当すること。

⑴当該業務上の提携の予定日の属する連結会計年度開始の日から3年以内に開始する各連結会計年度においていずれも当該業務上の提携による連結会社の売上高の増加額が直前連結会計年度の売上高の10パーセントに相当する額未満であると見込まれ、かつ、次のイ又はロに掲げる場合においては、当該イ又はロのそれぞれに定める基準に該当すること。

イ 資本提携を伴う業務上の提携を行う場合

 当該資本提携につき、相手方の会社の株式又は持分を新たに取得する場合にあっては、新たに取得する株式又は持分の取得価額が上場会社の直前連結会計年度の末日における連結純資産額と連結資本金額(連結財務諸表における資本金の額をいう。以下同じ。)とのいずれか少なくない金額の10パーセントに相当する額未満であると見込まれ、相手方に株式を新たに取得される場合にあっては、新たに取得される株式の数が上場会社の直前連結会計年度の末日における発行済株式の総数の5パーセント以下であると見込まれること。

ロ 業務上の提携により他の会社と共同して新会社を設立する場合(当該新会社の設立が子会社等の設立に該当する場合を除く。)

 新会社の設立の予定日から3年以内に開始する当該新会社の各事業年度の末日における総資産の帳簿価額に新会社設立時の出資比率(所有する株式の数又は持分の価額を発行済株式の総数又は出資の総額で除して得た数値をいう。以下同じ。)を乗じて得たものがいずれも上場会社の直前連結会計年度の末日における連結純資産額の30パーセントに相当する額未満であると見込まれ、かつ、当該新会社の当該各事業年度における売上高に出資比率を乗じて得たものがいずれも直前連結会計年度の連結会社の売上高の10パーセントに相当する額未満であると見込まれること。

⑵取引規制府令第49条第10号イに掲げる事項

子会社の異動を伴う株式の譲渡又は取得

 次の⑴から⑽まで(上場会社が子会社取得(子会社等でなかった会社の発行する株式又は持分を取得する方法その他の方法(法第27条の3第1項に規定する公開買付けによるものを除く。)により、当該会社を子会社等とすることをいう。以下同じ。)を行う場合以外の場合にあっては、⑻及び⑼を除く。)に掲げるもののいずれにも該当する子会社等(連動子会社(※2)を除く。)の異動を伴うものであること。

⑴子会社等又は新たに子会社等となる会社の直前事業年度の末日における総資産の帳簿価額(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する当該子会社等の各事業年度の末日における総資産の帳簿価額の見込額)が上場会社の直前連結会計年度の末日における連結純資産額の30パーセントに相当する額未満であること。

⑵子会社等又は新たに子会社等となる会社の直前事業年度の売上高(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する当該子会社等の各事業年度の売上高の見込額)が直前連結会計年度の連結会社の売上高の10パーセントに相当する額未満であること。

⑶子会社等又は新たに子会社等となる会社の直前事業年度の経常利益金額(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する当該子会社等の各事業年度の経常利益金額の見込額)が上場会社の直前連結会計年度の連結経常利益金額の30パーセントに相当する額未満であること。

⑷子会社等又は新たに子会社等となる会社の直前事業年度の当期純利益金額(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する当該子会社等の各事業年度の当期純利益金額の見込額)が上場会社の直前連結会計年度の親会社株主に帰属する当期純利益金額の30パーセントに相当する額未満であること。

⑸上場会社の直前事業年度における子会社等又は新たに子会社等となる会社からの仕入高(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する上場会社の各事業年度における当該子会社等からの仕入高の見込額)が上場会社の直前事業年度の仕入高の総額の10パーセントに相当する額未満であること。

⑹上場会社の直前事業年度における子会社等又は新たに子会社等となる会社に対する売上高(新たに子会社等を設立する場合には、子会社等の設立の予定日から3年以内に開始する上場会社の各事業年度における当該子会社等に対する売上高の見込額)が上場会社の直前事業年度の売上高の総額の10パーセントに相当する額未満であること。

⑺子会社等又は新たに子会社等となる会社の資本金の額又は出資の額が上場会社の資本金の額の10パーセントに相当する額未満であること。

⑻子会社取得に係る対価の額(子会社取得の対価として支払った、又は支払うべき額の合計額をいう。以下この号において同じ。)に当該子会社取得の一連の行為として行った、又は行うことが上場会社の業務執行を決定する機関により決定された当該上場会社による他の子会社取得に係る対価の額の合計額を合算した額が当該上場会社の直前連結会計年度の末日における連結純資産額の15パーセントに相当する額未満であること。

⑼子会社取得に係る対価の額に当該子会社取得の一連の行為として行った、又は行うことが上場会社の業務執行を決定する機関により決定された当該上場会社による他の子会社取得に係る対価の額の合計額を合算した額が当該上場会社の直前事業年度の末日における純資産額の15パーセントに相当する額未満であること。

⑽取引規制府令第49条第11号に定める事項

公開買付け

なし

代表取締役又は代表執行役の異動

なし

全部取得条項付種類株式の全部の取得

なし

株式等売渡請求に係る承認又は不承認

なし

(※1)「子会社」とは、「他の会社が提出した金融商品取引法第5条第1項の規定による届出書、第24条第1項の規定による有価証券報告書、第24条の4の7第1項若しくは第2項の規定による四半期報告書若しくは第24条の5第1項の規定による半期報告書で第25条第1項の規定により公衆の縦覧に供されたもの、第27条の31第2項の規定により公表した特定証券情報又は第27条の32第1項若しくは第2項の規定により公表した発行者情報のうち、直近のものにおいて、当該他の会社の属する企業集団に属する会社として記載され、又は記録されたもの」をいいます。

(※2)「連動子会社」とは、上場会社の定款において、上場会社の剰余金の配当が特定の子会社の剰余金の配当に基づき決定される旨が定められている場合における、当該特定の子会社をいいます(東証上場規程第403条第3号、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令第49条第11号、金融商品取引法施行令第29条第8号)。

●適時開示の時期

 M&Aでは、一般的に、案件化⇒秘密保持契約⇒スキーム策定及びバリュエーション⇒交渉⇒基本合意⇒デューデリジェンス⇒交渉⇒最終契約⇒クロージング⇒PMI(ポストマージャ―インテグレーション)を通じて、手続きが進められていきます。

 また、決定事実に関する適時開示の時期については、上場会社の業務執行を決定する機関が決定事実に係る行為を行うことを決定した時点において開示することが求められます

 そこで、上場会社の業務執行を決定する機関が行うことを決定した時点とはいかなる時点をいうのかが、適時開示が必要となる時期を確定するうえで、重要となります。

 この点について、法的拘束力の有無と取引実行の可能性の高さという見地から、基本合意が具体的な取引条件について規定し、法的拘束力がある場合には、基本合意の時点で上場会社の業務執行を決定する機関が決定したということができ、この時点で適時開示が必要と考えられています。

 もっとも、基本合意の時点では、独占交渉権、秘密保持義務、デューデリジェンスへの協力などを定めるだけで、取引条件について規定するものではない場合には、原則として開示が不要と考えられています。

 そこで、クロージング前にM&Aを断念せざるを得ない状況が想定され、無用の混乱を生じる可能性を防ぐ必要があるなど、案件の公表を差し控えたい動機がある場合には、基本合意では、法的拘束力を有しないことや取引の実行までには別途取締役会の決議を要することを明記しておき、最終契約の段階で開示するとの対応が一般的にとられています。

●まとめ

 以上までに紹介したように、上場会社を当事者とするM&Aでは、金融商品取引所規則に従い、適時開示を行う必要がある場合があります。

 そして、M&Aのスキーム選択如何では一定の軽微基準に該当し、適時開示が不要となる場合もあります。

 このように、M&Aの手法に応じて、必要となる情報開示手続きが異なってくることともあるため、M&Aの実施に当たっては、金融商品取引所規則による開示制度について精通した弁護士等の専門家の関与が必要であると考えられます。

以上

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