令和8年9月30日、最高裁判所第二小法廷は、株式交換に反対する株主の株式買取請求における「公正な価格」(会社法797条1項)について、重要な判断を示しました。
【前編】では、関西スーパーマーケットの経営統合をめぐる事案と最高裁の判断内容を紹介しました。
後編では、経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」や関連裁判例を踏まえ、本決定の実務上のポイントを解説します。
1 公正性担保措置の重要性
本決定では、既存の資本業務提携関係が存在する会社間の株式交換について、独立した特別委員会による検討・交渉や適切な情報開示などを重視し、株式交換比率の公正性を認めています。
M&Aにおける公正性担保措置については、経済産業省が2019年に公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針」において、独立した特別委員会の設置、外部専門家の助言、マーケット・チェック、マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)条件の設定、一般株主への情報開示、強圧性の排除などが挙げられています。
同指針は、主としてMBO及び支配株主による従属会社の買収を対象とするものですが、利益相反のおそれがあるM&Aにおける公正性確保の観点から参考となります。
特に、特別委員会については、その独立性に加え、適切な時期に設置され、十分な権限や情報を与えられた上で、一般株主の利益を図るため実質的な検討・交渉を行うことが重視されています。
本件においても、最高裁は、単に特別委員会が設置されていたことだけでなく、以下のような具体的な事情を認定しています。
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対象会社、H2O及び競合提案者であるオーケーのいずれとも利害関係のない弁護士及び社外取締役により特別委員会が構成されていたこと
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複数の専門家の意見を踏まえ、競合する買収提案との比較検討が行われていたこと
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実質的な交渉を通じて、H2Oの取得する議決権割合を60%から58%へ引き下げるなど、取引条件の改善が実現していたこと
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株式価値算定書に係る情報や特別委員会の検討過程が開示され、株主が判断するための情報が提供されていたこと
M&Aや組織再編においては、公正性担保措置を形式的に講じるだけでなく、それらが実効的に機能したことが重要になるといえます。
2 ファミリーマート事件との比較
公正性担保措置の実効性に関連して参考となる下級審裁判例として、ファミリーマート事件(東京地裁令和5年3月23日決定・東京高裁令和6年10月31日決定)があります。
ファミリーマート事件は、今回の最高裁決定とは異なり、公開買付け(TOB)とその後の株式併合による二段階の完全子会社化に伴う株式買取価格が争われた事案です。
同事件では、独立した特別委員会が設置され、複数の外部専門家の助言を受けながら、約4~5か月にわたって交渉が行われていました。
しかし、特別委員会は、当初は公開買付価格について2,800円を提示し、2,500円でも合意困難とする交渉方針を示していたものの、最終的には1株2,300円での公開買付けに賛同しました。
東京高裁は、特別委員会が自ら選任した第三者評価機関によるDCF法の算定結果の下限を下回る価格であったにもかかわらず、その価格を一般株主にとって妥当なものと判断する合理的な根拠が十分に示されていないことなどを問題視しました。
また、MoM条件が設定されず、これに代わる買付予定数の下限条件についても、一般株主の意思を十分に反映するものとは評価できないと判断しました。
その結果、東京高裁は、一般に公正と認められる手続が実質的に行われたとは評価できないとして、公開買付価格2,300円ではなく、1株2,600円を公正な価格とした東京地裁決定を維持しました。
今回の最高裁決定とは取引の構造や具体的な事実関係が異なるものの、ファミリーマート事件は、特別委員会の設置や外部専門家の関与といった形式的な措置だけでは、取引手続の公正性が当然に肯定されるものではないことを示す参考事例といえます。
3 競合する買収提案や株式価値の試算の位置付け
今回の最高裁決定では、競合する買収提案や株式価値の試算が公表されていたとしても、それ自体が企業価値を増加させるものではなく、それらの価格を当然に株式買取価格へ反映させる必要はないと判断されています。
特に本件では、独立した特別委員会が両提案を比較検討した上で経営統合案を選択し、株主に対して適切な情報開示がなされた上で株主総会の承認が得られていたことが重要です。
もっとも、競合提案の存在が常に株式買取価格の算定に無関係となるわけではありません。競合提案について十分な検討が行われていないなど、取引手続の公正性に疑義がある場合には、異なる判断となる余地があります。
4 株式買取価格決定事件への影響
本決定は、一般に公正と認められる手続を経て株式交換が実施され、株式交換比率が公正なものと認められる場合には、株式交換を織り込んで形成された市場株価を価格算定の基礎とすることの合理性を、改めて確認したものといえます。
他方で、公正性担保措置が十分に機能していない場合や、市場株価が企業の客観的価値を適切に反映していない事情がある場合には、株式交換比率や市場株価をそのまま尊重できるとは限りません。
株式買取価格決定事件においては、株式価値の算定方法そのものに加え、取引条件の決定に至る交渉過程や公正性担保措置の実効性が、重要な争点となることを改めて示す決定といえます。
参考資料・裁判例
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最高裁判所第二小法廷令和8年9月30日決定(令和6年(許)第32号、第33号、第34号)
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東京地裁令和5年3月23日決定・東京高裁令和6年10月31日決定(ファミリーマート事件)
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経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年)
弁護士 佐野千誉
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