1.AI事業者ガイドラインの基本理念
総務省・経済産業省による『AI事業者ガイドライン(ver1.1)』は、AIを開発・提供・利用するすべての主体が遵守すべき考え方を定めた日本の中核的指針であり、企業が対外的なAIポリシーを策定する際の最も重要な参照基盤です。
同ガイドラインは、2019年に内閣府が策定した『人間中心のAI社会原則』を踏まえ、「AIを人類の公共財として、持続可能で包摂的な社会の実現に貢献すること」を目的としています。その根底には、AIを単なる効率化の道具ではなく、「人間の尊厳を守り、多様性を包摂し、持続可能な未来を支える技術」として位置付ける思想があります。
基本理念は次の3点に整理されています。
①人間の尊厳が尊重される社会(Dignity):AIが人間の判断や自由を侵さず、人間の主体性を維持する社会を目指す。
②多様性と包摂性(Diversity and Inclusion):多様な人々が公平にAIの恩恵を享受できるようにする。
③持続可能性(Sustainability):AIを通じて社会的格差の是正や環境問題の解決など、長期的な社会課題に貢献する。
これらの理念は、「AIを使うことで社会をどう良くするか」という根本的な問いに対する指針であり、企業がAIを倫理的に活用するための価値の軸となります。したがって、企業がAIポリシーを作成する際には、単にリスクを防ぐための文書ではなく、自社の事業活動を通じてこれらの理念をどのように体現するかを明確にすることが求められます。
そして、AI事業者ガイドラインにおいては、基本理念を受けて10の原則を定めています。そこで、以下10の原則について詳しく見ていくことにします。
2.①人間中心の原則
「人間中心の原則」は、すべてのAI開発・利用において人間が主体であること、AIはあくまで人間が利用する道具であることを明確にしたものです。
AIは人間の判断を補助するものであり、決して置き換えるものではないという考え方です。AIが人間の尊厳や基本的人権を侵害しないよう、設計・利用のあらゆる段階で人間中心の視点を貫くことが求められています。
企業の実例として、三菱電機は「AI倫理ポリシー」で「人々の活躍と幸せにつながるAIの開発・利活用を行う」と明示し、SMBCも「AI活用に際しては人間の尊厳及び個人の自律を尊重する」と記載しています。
これらはいずれも、AIを人間の幸福のために使うべき技術として位置づけており、対外的AIポリシーにおいて最も重要な原則の一つです。
3.②安全性
「安全性の原則」は、AIが利用者や社会に対して予見可能な危害を与えないよう配慮を求める原則です。
AIの誤作動や不正確な判断が人命・財産に関わる事例もありうることから、リスクを事前に評価し、テスト・検証を通じて安全性を担保することが求められます。また、AIの利用によって、人間の精神や環境への悪影響を招くことも避けるよう求めています。
製造業を中心にこの原則への意識は強く、たとえばパナソニックは「AI倫理方針」で「AIの誤用や誤作動による不利益を未然に防止する体制を整える」と規定しています。
これは、AIシステムの設計段階からリスクアセスメントを実施し、技術面でAIの誤用防止・悪用防止を定める例が多く見られます。
4.③公平性
「公平性の原則」は、AIの判断や出力が不当な差別や偏りを助長しないようにするためのものです。
AIは学習データに含まれる情報の偏りによって、判断・回答にバイアスが生じる危険性が常に存在します。そのため、ガイドラインは「AIによる判断・推論が不当な影響を及ぼさないよう、データの選定や結果検証を慎重に行うこと」を求めています。
電通グループは自社の「AI原則」において、「社会に存在する不公平な偏見を反映・強化しないよう努める」と明言しており、広告分野で特に重要な倫理課題への対応を示しています。
このように、公平性は社会的受容性を維持するための根幹であり、AIポリシーにおける必須項目です。
5.④プライバシーの保護
AIの活用、とりわけ生成AIの利用にあたっては膨大なデータを扱い、そのデータの中には個人情報等のプライバシーの保護が求められる情報も多く含まれます。ガイドラインでは、AIの設計・利用の全段階において「個人情報の不適正な利用を防止し、データ主体の権利を尊重する」ことを明記しています。具体的には、匿名化・仮名化の推進、データ取得の同意原則、利用目的の明示などが求められます。
ソフトバンクの「AI倫理ポリシー」や電通グループのAI原則では、「データ主体の権利と自由を尊重するシステム構築」「必要に応じて匿名化・仮名化したデータの使用を優先する」としており、プライバシー・バイ・デザインの姿勢を打ち出しています。
これは、企業がAIの信頼性を社会的に担保する上で、避けて通れない実務的基盤といえます。
次の記事では、残りの6つの原則について見ていくことにします。
弁護士 坂井 悠
加藤&パートナーズ法律事務所(大阪市北区西天満)では、関西を中心に企業法務、企業の内部統制構築(AIガバナンス)、AIポリシー・AIガイドライン等のAIツール導入・利用に関する社内規程整備のご相談・ご依頼をお受けしております。



