加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-全株主を当事者として行われた残余財産の分配に関する合意について、定款変更を伴うものではないにもかかわらず、属人的定めとして有効であるとした事例-

全株主を当事者として行われた残余財産の分配に関する合意について、定款変更を伴うものではないにもかかわらず、属人的定めとして有効であるとした事例

東京地裁平成27年9月7日 判タ1422号371頁

 

 

第1 判決の概要

 本件は、残余財産の分配についての属人的定めを設ける旨の合意が、全株主を当事者としてなされたものの、その旨の定款変更は行われていなかったという事案において、当該属人的定めの有効性が清算事務の終了を報告する株主総会決議の有効性と併せて争われた事案において、属人的定めとして有効であるとした事例である。

 

 

第2 事案の概要

 Y社は、非上場会社(非公開会社でもある。)であり、設立当初はX社の完全子会社であった。

 平成25年1月8日、X社とZ社(被告補助参加人)との間で、①Z社が、Y社が発行する新株を引き受けること、②Y社の解散時における残余財産は、現預金その他の金融資産の全てをZ社が、金融資産以外の全てをX社が、それぞれ配分を受けるものとすることを内容とする基本合意書が作成された(以下、上記②の合意を「本件合意Ⅰ」という。)。これに基づき、Z社がY社の発行する新株を引き受けた。

 平成25年1月25日、Z社が保有するY社株式の一部をA社に譲渡するとともに、X社、Y社、Z社、A社の四者(すなわち、Y社及びその株主全員)を当事者として、大要、「Z社のA社に対する株式譲渡は、X社・Z社間の基本合意書に変更を生じさせるものではない。」という趣旨の覚書が作成された(本件合意Ⅱ)。

 その後、X社の保有する株式の一部がB社に譲渡された。また、A社の保有する株式の全部がZ社に譲渡された。その結果、Y社の株主は、X社、Z社、B社の三者となった。

 平成25年11月20日、Y社は、株主総会において、解散決議を行った。

 その後、Y社は、残余財産のうちB社の持株割合に相当する額をB社に分配するとともに、本件合意Ⅰに基づいて、残部の全てをZ社に分配した。なお、Y社には「現預金その他の金融資産」以外の残余財産は存在しなかった。

 平成26年7月10日、Y社は、臨時株主総会において、清算事務が終了したとして、決算報告を承認する旨の決議(本件決議)を行った。

 これを受け、X社は、①本件合意Ⅰに従って残余財産を分配することは違法であるとして、X社の持株割合に相当する残余財産の分配を請求するとともに、②本件決議の無効確認を求め、Y社を被告として訴訟を提起した。

 本稿では、このうち請求①に関する争点(定款変更によらない属人的定めの有効性)のみを対象とする。

 

 

第3 判旨

 本判決は、以下の理由から、本件合意Ⅰは、残余財産の分配に関する属人的な定めとして有効であり、当該合意に基づいて残余財産の分配が行われるべきであると判示し、X社の請求(残余財産分配に係る請求)を棄却した。

  1. 定款変更という形式がとられていなくとも、全株主が同意している場合などには、定款変更のための特殊決議があったものと同視することができること。
  2. 他に権利を害される株主がいないこと。
  3. 全株主が同意しているのに、定款変更という形式がとられなかったことのみをもって、その効力が否定されると解することは、禁反言の見地から相当でないこと。
  4. 上記1から3より、本件合意Ⅰは、残余財産の分配に関する属人的な定めとして有効と解されること。
  5. 本件合意Ⅱにより、本件合意Ⅰに基づいて残余財産を分配することについて全株主の同意があったと認められること。

  

第4 実務上のポイント

1 本判決の意義

 本判決の意義は、定款変更という形式を伴わない、全株主間の合意に基づく属人的定めが有効と解される場合があることを明らかにした点にある。

 後述のとおり、本判決の妥当性については疑問が呈されているものの、先例のない分野における判断であり、一定の参考価値のある判決であることには間違いない。

 

2 本判決の実務への影響について

 本判決の結論には、学説上、異論が呈されている。

 本判決の考え方に依った場合、属人的定めを設ける旨の合意がなされた後に新たに株主となった者が存在するケースにおいては(本件においても、本件合意Ⅰ・Ⅱの後にY社の株式を取得した株主としてB社が存在していた。)、当該合意に拘束されない当該新株主と、当該合意の当事者であり当該合意に拘束されるその他の株主との間で、残余財産の分配についてのルールが異なることになり、権利関係の複雑化を招くからである[1]

 なお、本判決のうち属人的定めの有効性を争点とする部分については、X社、Y社のいずれも控訴しなかったため、この点についての高裁(東京高裁平成28年2月10日金判1492号55頁)での判断は示されていない。

 上述の異論には一定の説得力があることや、同種事例における他の先例が無いことからすれば、将来、本件と同様に「合意後新たに株主となった者」が存在する事案において属人的定めの有効性が訴訟で争われた場合に本判決と同様の判断が下されるか否かは、不透明と言わざるを得ない。

 もっとも、上述の異論を前提としたとしても、「合意後新たに株主となった者」が存在しない事案においては、当該合意による属人的定めを無効と解する理由は無く、そうである以上、そのような事案においては、属人的定めの有効性が肯定される可能性が相当程度あるものと考えられる。



[1]この点を端的に指摘するものとして、松本暢子「判批」ジュリ1525号134頁(2018)などがある。

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