加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-株主が、取締役らに対し、会社法360条1項に基づき、取締役らの親会社に対する金員の預入行為等が善管注意義務に違反するとして、当該行為の差止仮処分命令を求めた事案において、取締役らには善管注意義務等の違反は認められないなどとして、被保全権利及び保全の必要性を否定した事例-

株主が、取締役らに対し、会社法360条1項に基づき、取締役らの親会社に対する金員の預入行為等が善管注意義務に違反するとして、当該行為の差止仮処分命令を求めた事案において、取締役らには善管注意義務等の違反は認められないなどとして、被保全権利及び保全の必要性を否定した事例

東芝プラントシステム違法行為差止仮処分命令申立事件

横浜地決平成29年5月16日 LEX/DB25560693

第1 決定の概要

 本件は、6ヶ月前から引き続きZ社の株式を有する株主であるXが、Z社の代表取締役であるY1及び取締役であるY2らに対し、YらがZ社を代表して、その親会社で大幅な債務超過状態にあるA社に対し、無担保、無保証で金銭の預入行為ないし貸付行為(預入行為等)を行うことは法令違反行為(善管注意義務及び忠実義務違反)に当たるところ、Yらは、今後もこのような法令違反行為を行うおそれがあり、当該行為によってZ社に著しい損害が生ずるおそれがあると主張し、会社法360条に基づき、その差止めを求める仮処分を申し立てた事案である[1]

 本件の争点は、Xの差止請求権の有無(被保全権利の有無)及び保全の必要性の有無である。

 これに対して本決定は、そもそも債務超過の会社に対する金銭の預入行為等が直ちに善管注意義務違反となるものとは解されない上、預入行為等によりZ社に損害を生じさせた事実もなく、Y1が今後も預入行為等を行うか否かにつき適切に判断を行っていく旨の意向を示していることなどを考慮すると、現時点でYらが法令違反行為を行うおそれは認められないとして、被保全権利及び保全の必要性のいずれも否定した。

(参照条文)

会社法360条(株主による取締役の行為の差止め)

1 6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。

2 公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。

3 監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における第1項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

第2 事案の概要

 Z社は、監査役会設置会社の東証第一部上場企業で、親会社であるA社が平成28年末頃に数千億円規模の減損損失を計上する可能性のあることを発表したことを踏まえ、平成29年1月10日、Z社経営会議において、当面の間、A社に対する新規預入れの期間を1週間とし、既に預け入れている長期預入金については中途解約して1週間単位での預入れへの変更することを検討することとした。

 Z社は、同月27日の取締役会において、Z社がA社に対する預入金を引き揚げた場合、融資銀行等のA社に対する心証等が悪くなり、A社への融資等に悪影響を及ぼすことが想定されるが、同年2月末のA社の状況によっては、A社に対し預入金を引き揚げる旨の申入れをせざるを得なくなる可能性がある旨の監査役の意見等を受け、A社向け預入金継続の是非については、今後も収集した情報を精査し慎重に判断することとし、同年1月30日の経営会議では、A社の子会社であるB社及びC社がA社への預入れを継続していること等の報告を受け、同月10日の方針を継続することとした。

 Z社は、同年2月20日の経営会議において、A社の同年3月期の連結最終損益は3900億円の赤字になる見通しであったものの、主要取引銀行がA社への支援継続を表明したこと等の報告を受け、同年1月10日の方針を継続することとした。

 Z社は、同年2月27日の経営会議において、金融機関によるA社への支援が確認できなくなった場合には、A社への長期預入金については期限前に解約する予定とすることとした。

 Z社は、A社向け預入金に関する見解を求めていた監査法人から、A社向け預入金についての個別貸倒引当金の計上の要否及び水準については同年4月以降の決算準備期間において会計監査における論点となり得るとの問題意識を示され、またA社は、同年3月14日、第3四半期の決算発表を再延期することを発表した。

 そこで、Z社は、同月15日の臨時経営会議において、従前の方針を改め、同月31日までにA社向け預入金を引き揚げることをA社に申入れること、長期の預入金は同月30日までに全額解約すること、同年4月以降の方針は銀行支援の状況等を踏まえて決定することを決め、この方針に基づき、同年3月17日、A社に対し預入金全額を引き上げる旨を申し入れ、同月31日までに預入金全額を解約して返済を受けた。

 こうした中、Z社の株主Xは、Z社の代表取締役Y1及びその他の取締役Y2らに対し、YらがZ社を代表して、その親会社で大幅な債務超過状態にあるA社に対し、無担保、無保証で金銭の預入行為等を行うことは法令違反行為(善管注意義務及び忠実義務違反)に当たるところ、Yらは、今後もこのような法令違反行為を行うおそれがあり、当該行為によってZ社に著しい損害が生ずるおそれがあると主張し、会社法360条に基づき、その差止めを求める仮処分を申し立てた。

 なお、Z社はYらに補助参加している。

第3 決定の要旨

 申立却下。

 1 Y2らについて

Z社において預入行為等を行う権限が代表取締役から業務執行取締役に委任されている事実は認められず、Z社における預入行為等の決定権者はY1と認められ、Y2らに対する本件申立ては却下を免れない。

 2 Y1について

そもそも債務超過の会社に対する金銭の預入行為等が直ちに貸主である会社代表者の善管注意義務ないし忠実義務違反となるものとは解されない上、Z社は、平成29年3月まで継続していた預入行為等について、同年1月以降、随時得られたA社に関する情報の内容に応じて臨機応変に対応を検討し、合理的と評価できる判断に基づいて、同年3月末日までに預入金額全額の返還を受けているのであり、Y1がこれまでに預入行為等についてZ社に損害を生じさせた事実も認められない。そして、Y1が、今後のA社への預入行為等についてもA社の状況や預入れの実施内容・条件等を踏まえて適切に判断を行っていく旨の意向を示していることも併せると、現時点において、Y1が今後Xの主張する法令違反行為を行うおそれは認められない。

したがって、Y1の本申立てについては、被保全権利も保全の必要性も認められない。

第4 実務上のポイント

 監査役設置会社における株主(公開会社においては6ヶ月前から継続保有する株主)は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はそのおそれがある場合において、その行為によって会社に回復しがたい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対しその行為の差止を請求することができ(会360条)、保全の必要性があれば、違法行為差止請求訴訟を本案として、係争行為の不作為を命ずる仮の地位を定める仮処分を申し立てることができる(民保23条2項)。

 ここにいう法令違反には、善管注意義務違反などの一般的な規定も含まれると解されている[2]

善管注意義務違反を理由とする取締役の行為の差止請求権が争われた裁判例は数多く存在するが、差止の対象が取締役に広範な裁量が委ねられている経営に関わる事項の場合には、当該事項の決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反を否定するのが裁判例の大勢である(東京高判平成11年3月25日判時168633等)。

 本件も取締役の善管注意義務違反の有無が争われた事案であるが、本決定は、申立人が違法行為と主張した事項が取締役の広範な裁量の認められる経営判断に関わる事項であって直ちに違法行為には該当しないと指摘した上で、判断の過程や内容の合理性も検討しながら、損害が発生した事実も損害発生のおそれもないこと等を指摘し、被保全権利(差止請求権)の存在も保全の必要性もないと判断しており、経営判断に関わる事項の善管注意義務違反が問題となった従来の裁判例の潮流に沿った判断である。

 特に、本件のように監査役設置会社においては、取締役が違法行為を行っている場合、会社法は、第一次的には監査役による差止請求権の行使を期待しており(会385条1項)、より一層、株主が、経営に関わる事項についての取締役の行為の差止めを求めることは困難であろう。

 なお、本件と同様に取締役の善管注意義務違反を理由とする差止請求権の有無が争われた事例として、東京地決平成201126日資料版/商法299330(差止肯定)、横浜地判平成24年2月28 ウエストロー2012WLJPCA02286004(差止否定)などがある。



[1] なお、本決定書には、「著しい損害」記載されているが、本件は、監査役(会)設置会社における株主による差止請求権が問題となった事案であるため、差止請求権が認容されるためには、「回復しがたい損害」が必要となる。

[2] 上柳=鴻=竹内編「新版注釈会社法(6)」424頁等〔北沢〕(有斐閣・1987)

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