加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例―株主間における取締役選任合意につき、議決権行使の履行強制を可能とする法的拘束力はないと判断された事例―

株主間における取締役選任合意につき、議決権行使の履行強制を可能とする法的拘束力はないと判断された事例

東京高判令和2年1月22日 金判1592号8頁

原審:東京地判令和元年5月17日 金判1569号33頁



第1 判決の概要

本件は、かつての株主間の取締役選任合意(本件選任合意)に基づき、合意上の地位を承継したと主張するXらが、Yに対し、A社が今後開催する株主総会において、X1を取締役に選任する議案に賛成する旨の意思表示をせよとの判決を求めた事件である。

本判決は、本件選任合意の効力を判断するには、契約当事者の意思を事実認定した上、当事者の主張する法的効果が肯定できるか否かを判断すべきとした。その上で、本件選任合意締結までの経緯及びその後の事情等の間接事実を認定し、法的拘束力を付与する意思があったとはいえない等述べ、Xらの請求を棄却した原判決を是認した。



第2 事案の概要

1 本件選任合意

A社は、不動産の賃貸等を業とする株式会社であり、亡B、亡C及び亡Dは、昭和47年の本件選任合意の当時、A社の株式をそれぞれ実質的に3分の1ずつ有する株主であった。

この3名は、昭和47年2月に、A社が新たなビル(新ビル)を建築するに際し、「A社は本年5月末迄に取締役を改選し、B、C、E(Dの代理人)の三名を新取締役に選任する。我々は今后、A社の取締役は我々三名(その指名された者を含む)を互選することに定めた。又、取締役は累積投票で選任出来る如将来定款を改正する事を協議する。」との条項(本件選任合意)を含む「契約書」と題する書面(新ビル契約書)を取り交わした。

2 本件選任合意後の経過等

A社の発行済株式は、昭和57年の株式併合により300株となっている。

X1はBの子であり、X2はBの孫である。XらはA社株式合計100株を有している【亡Bグループ】

YはCの長女であり、A社株式79株につき生前のCから信託譲渡を受けている【亡Cグループ】

F社はCが実質株主であり、A社株式121株を有している。なお、そのうち100株は、Dが設立したG社から平成16年に譲り受けたものである【亡Cグループ(亡Dグループからの譲受分含む。)】

その後、平成25年頃まで各グループの親族等が順次A社の役員に就任していた(ただし、厳密に同数ではなかった。)。

3 紛争化及び訴訟提起

X1及びYは平成25年にA社取締役に就任したが、平成26年に臨時株主総会により取締役から解任された。その後、裁判で解任決議の無効判決が確定してX1は取締役に復帰したが、平成27年のA社定時株主総会ではX1は取締役に再任されなかった。

このような事実関係において、XらがYに対し、今後開催されるX1を取締役に選任する議案が提出されたA社株主総会において同議案に賛成する意思表示をすることを命ずる判決を求めたのが本件である。

一審判決は、①本件選任合意が法的拘束力を有するか、②本件選任合意の趣旨及び効力、③本件選任合意に基づき意思表示を命ずる判決を求めることができるか、④これら①~③が肯定される場合、本件訴えが当事者適格を欠くものかどうかと争点を整理し、①につき積極、②につき相続人の代に至ってもなお議決権を拘束する趣旨とは解されない旨を判示し、③及び④については判断を示さずXらの請求を棄却したところ、Xらが控訴した。


 

第3 判旨

1 株主間契約の効力の判断方法

本判決は、株主間契約の効力は、会社法その他の関係法令の趣旨を考慮に入れて、契約当事者の属性、契約内容、契約締結の動機目的、契約当事者の有する株式の種類や議決権の総株主に占める割合、契約締結時期等を検討の上、契約当事者の合理的意思を探求の上、当事者双方が法的効力を発生させる意思を有していたか、その場合の効力の内容・程度(損害賠償請求、議決権行使の履行強制、契約に沿わない議決権行使により成立した株主総会決議の決議取消事由の肯定の可否、契約の終期等)を事実認定できるかどうか判断すべき旨述べた。

2 本件選任合意の効力

本判決は、原判決よりも子細に事実認定を行った上、契約当事者意思の認定に至る背景や推認経過についてもかなり詳しく説明を行っている。本判決が指摘した間接事実の要点は以下のとおりである。

① 本件選任合意及びそれに先立つ昭和23年のA社設立の際の合意においても、当事者に株主間契約を巡る法的状況の十分な知識とこれに基づく会社経営の企画力があったことを認めるに足る証拠はない。

② 本件選任合意の取締役候補者の大半は特定の自然人である(それゆえ、相続が発生した場合の処理が困難である。)

③ 本件選任合意に基づくDによるDまたはDが指定する者の取締役就任要求が、本件選任合意の直後を除き実現しなかった期間が長期にわたること

④ 新ビル契約書のうち、A社の運営(取締役選任)に関する事項の記載は全体の中でわずかな分量しかないこと

⑤ 本件選任合意当時、株主間契約や議決権行使契約を規律する法令はなく、学説・実務でも議決権行使契約無効説が有力であり、議論が深化していなかったこと

⑥ 本件選任合意に累積投票制度に関する言及があるが、導入につき確定的合意はなく、B、C、Eの取締役就任時期が異なることから、累積投票制度を利用しても少数派株主からの取締役選任の保障がなされていたとはいえないこと

その上で本判決は以下のとおり結論づけた。

上記の事情を総合すると、本件選任合意の契約当事者意思は、法的効力を付与するものではなく、次の直近の定時株主総会における取締役選任議案についての議決権行使内容を、事実上事前に確認するものであったに過ぎず、契約に沿った議決権行使の履行強制を付与する意思があったという事実を認定するには無理がある。

また、当事者に何らかの法的効力を付与する意思があったとしても、取締役候補者又は契約当事者に相続が発生した場合には合意の効力が消滅するというものだったと推認するのが相当であり、本件ではそれら全員が死亡しているため、この点からも本件選任合意の効力は既に消滅している。


 

第4 実務上のポイント

1 株主間契約(合意)の主張立証の際の留意点

本件は、株主間契約(合意)の意味内容の解釈等が争点となった事案である。本件選任合意は、当時の全株主によるいわゆる議決権拘束契約と解され得るものであったところ、現在の学説上は、株主間の議決権拘束契約の有効性を肯定するものが多数である[1]

本判決も、一般論として株主間の議決権拘束契約を一律に無効と解すべきではないとした上で、履行強制の可能性や契約に沿わない議決権行使により成立した株主総会決議に取消事由があることを肯定できる場合があることを認めている。

そして本判決は、株主間契約の効力の判断方法については契約当事者の意思の事実認定の問題であることを明示した上、その検討要素を指摘して事案に当てはめるとともに、さらには当該要素に該当する事実がある場合の推認過程等についても詳細な検討を加えている高裁判決であり、この分野の裁判例が多くないことからも、実務上参照価値の高いものである。

本判決が述べるとおり、契約解釈は基本的に事実認定の問題であるため、合意内容の特定性はもちろんのこと、合意内容を基礎づけるため、契約時の文書の文言、その他会社の出資状況や運営状況に関する書証の文言、そのような合意に至る経緯、合意後の運用状況に関する経緯、合意時の法令の解釈・議論の状況等を証する客観的書証の存否及びその内容が重要である(もちろん、これらの証拠が乏しく性質上証人による立証が可能な場合には、合意の状況等を知る者の証言が重要となるケースもある。)。

特に、合意時から長期間の年月が経過しているケース(本件のように、相続が発生している場合等を含む。)には、その上でなお現在も合意に拘束されることを当事者が予定していたか否かが問題となる。本判決もそうであるが、東京地判昭和56年6月12日判時1023号116頁東京高判平成12年5月30日判時1750号169頁等は、一定の期間経過後は、当該合意内容に拘束されないとの結論を導いている。これらは、一律に株主間合意の存続期間を制限する趣旨ではないと思われるものの、一般論として裁判所は、相当期間以上に株主間合意の拘束力を認めるには、当事者がそのことを合意時に予定していたことを裏付ける事情の主張立証を要求していると解される。

特に、比較的古い時期の株主間合意においては、合意時に、後の紛争を予見して周到に文言等が練られていない場合も多く、訴訟や仮処分を想定する代理人としては、立証や疎明の見通しに留意する必要がある(古い時代の書証自体が散逸しており収集が困難であることも想定される。)。

2 違反の効力

株主間契約の拘束力自体が肯定されたとしても、これの違反が債権的効力(損害賠償義務)を発生させるのみにとどまるのか、違反した場合に、差止め、株主総会決議の取消し、意思表示を求める判決等を求めることができるか否かについては、本判決の判示に従えばこれらも事実認定による契約当事者の意思解釈により決される。どのような具体的事情がある場合に違反した場合の効力を肯定できるか否かは今後の裁判例の集積を待つことが必要であるが、本判決が、契約当事者の意思次第で債権的効力以上の効果が肯定できる場合もあることを明示したことは重要である。

債権的効力以上の効果を肯定するには、その旨が契約文言に明示されており、若しくは契約文言その他の間接事実から、当事者が非常に強い拘束力を発生させることを予定していたとの事情が必要となると思われる。

3 紛争予防の観点から

株主間契約が問題となる典型的な場面は、いわゆる合弁契約である。契約時に、紛争場面をも想定した上で、定款に記載可能な事項であれば、定款に記載する(種類株式の発行も含む。)、そうでない場合であっても、合意の意味内容、合意に違反して議決権行使がなされた場合のサンクション、合意の存続期間、合意の当事者等に相続や組織再編等が生じた場合の対応等を詳細に規定することが重要である。

特に、一般的な合弁契約のように、株主全員により合意される場合には、定款には記載がない場合でも株主間契約(合弁契約)の違反による差止請求を認める余地を肯定した裁判例(名古屋地決平成19年11月12日金判1319号50頁)もある。

契約の時点では、双方ともに上記の点に留意しながら契約交渉を行っていくこととなるが、上記裁判例や本判決の存在等にも鑑み、当事者の希望を実現するスキームを十分に検討することが必要となる。


弁護士 佐野 千誉



[1] 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』352頁(有斐閣・2021)は、議決権拘束契約が法的拘束力を有することを前提に、株主全員が契約当事者である場合には、議決権拘束契約違反の効果が債権的効力にとどまるものではない旨の見解を述べている。

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