加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-社債が償還不能に陥った場合に、社債取得に関わった取締役の善管注意義務違反が否定された事例-

社債が償還不能に陥った場合に、社債取得に関わった取締役の善管注意義務違反が否定された事例

(オービック株主代表訴訟事件)

東京高判平成30年9月20日 金判1566号27頁(上告受理申立て)

原審:東京地判平成30年3月1日 金判1544号35頁


第1 判決の概要

本件は、東証1部上場企業であるA社が取得した社債が償還不能に陥ったことに関して、A社の株主であるXが、当時の取締役であったYらに対し、Yらには社債の取得に当たってその償還可能性等についての検討を十分に行わなかったなどの任務懈怠があるとして、会社法847条3項及び同法423条1項に基づき、社債の元本相当額の損害金について、A社に支払うよう求める株主代表訴訟の事案である。

本件では、善管注意義務違反の有無が争点となったところ、本判決は、Yらの責任を否定した原審を是認し、Xによる控訴を棄却した。

(参照条文)

会社法847条(株主による責任追及等の訴え)

3 株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

会社法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(・・・)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


第2 事案の概要

A社は、平成18年、発行価格120億円とするB社発行の第1回私募方式普通社債を引き受けた。なお、この際、A社は、ロシア連邦の法人であるC社との間で、当該社債の償還、利息の支払い及びこれらに付随する一切の債務をB社と連帯して保証する旨の契約を締結し、その後、D社がC社の当該連帯債務を引き受けた。

その後、平成19年に発行価格60億円とするB社発行の第2回私募方式普通社債をそれぞれ引き受けた。

A社は、平成20年、キプロス共和国の法人であるE社との間で、発行総額を30億円とするE社発行の第1回私募方式担保付転換社債型新株予約権付社債(以上の社債を総称して、「本件社債」という。)をA社が引き受ける旨の契約を締結した。

本件社債はいずれも償還不能に陥り、A社は、平成23年から平成24年にかけてそれらの元本総額及び未収利息について回収不能として特別損失を計上した。

その後、金融庁長官は、平成25年、A社に対し、有価証券報告書虚偽記載を理由に課徴金納付命令を出した。

そこで、A社の株主であるX社が、A社の取締役又は取締役であったYらに対し、Yらには本件社債の取得に当たって社債の償還可能性等についての検討を十分に行わなかった任務懈怠がある、本件社債につき適切な会計処理を行わず、過失により、重大な虚偽記載のある有価証券報告書等を提出させたなどとして、Yらが取得に賛成した各社債の発行総額相当額、及び課徴金相当額をA社に支払うよう求めて株主代表訴訟を提起した。

なお、各社債の引受価格が各社債取得の前年度末の現預金残高に占める割合はそれぞれ40パーセント、24パーセント、14パーセントであった。

X社の請求に対し、原審は、Yらに善管注意義務違反は認められないとして、いずれも棄却したので、X社は控訴した。

なお、X社は、控訴審において課徴金納付命令を受けたことに関する損害賠償請求については不服の対象とはしない旨明らかにしたため、控訴審では、本件社債の取得に関してYらに善管注意義務違反が認められないとして損害賠償請求を棄却した部分のみが審理の対象となっている。


第3 判旨

本判決は、まず社債取得の際には、取締役は会社の財務状況に重大な影響を及ぼさないよう、資金運用に伴うリスクも勘案し、当該資金運用の性質、内容、規模等に照らして取得の是非を判断する義務を負う旨述べる。

そのうえで、本判決は、企業がその資金をどのように活用するかは経営上の判断に委ねられる事項であり、その判断をする際にはどれだけの情報を集め、どの程度検討を行うかも経営上の判断であるから、株式会社による社債の取得については、当該取得に係る判断の前提となった事実を認識する過程における情報収集やその分析が不合理であるか、あるいはその意思決定の推論過程や内容に著しく不合理な点がある場合に、取締役が善管注意義務に違反したものと解するのが相当であると判示した。

具体的なあてはめでは、Yらが証券会社出身で銀行のプライベートバンキング部門に勤務するなどして専門的な知識を有し、A社の金融に関するアドバイザーを務めていた専門家から、本件社債取得に関して推奨意見を得ていること、当該専門家の経歴及びB社と特別な利害関係を有していなかったことなどから、本件社債の取得の前提となった事実の認識の過程における情報収集やその分析が不合理であったとはいえないと判示し、本件社債取得ごとの余剰資金の金額(例えば、B社発行の第1回私募方式普通社債の際には320億円の余剰資金があったことが認定されている。)を指摘して、本件社債に投資するというYらの意思決定については、その内容が著しく不合理であるとはいえないと判示し、本件社債の取得についてはYらに善管注意義務違反がない旨判断した。


第4 実務上のポイント

1 本判決の意義

本判決は、高リスク社債の取得に関して経営判断原則に照らして判示したものであり、類似事例の分析を行ううえで、参考となる裁判例である。


2 経営判断原則

従来の判例、裁判例では、経営上の判断が求められる行為について善管注意義務違反の有無が問題となる事案では、①経営判断の前提となる事実認識の過程(情報収集とその分析・検討)における不注意な誤りに起因する不合理さの有無、②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理さの存否の2点を審査対象とする判断基準(経営判断原則)が採用され(東京地判平成5年9月16日判時1460号25頁等)、本判決も「当該取得に係る判断の前提となった事実を認識する過程における情報収集やその分析が不合理であるか、あるいはその意思決定の推論過程や内容に著しく不合理な点がある場合に、取締役が善管注意義務に違反したものと解するのが相当」であると述べて、経営判断原則に基づき判断している。なお、最高裁がかかる二分化を採用しているか否かについては議論がある(最判平成22年7月15日集民234号225頁(アパマンショップ株主代表訴訟事件)参照)[1]

もっとも、本判決では、経営判断に当たりどれだけの情報を集めるか、どの程度検討を行うかも経営判断であると述べており、本判決は、事実認識の過程についても取締役の裁量を認めているようにも思われる。この点について、通常の経営者であれば行うべき情報収集・分析のレベルに照らして判断されるはずであり、かかる判示については経営判断原則に関する一般論と矛盾している旨の指摘もある[2]


3 善管注意義務違反の検討

本判決は、本件社債の取得に関する情報収集やその分析が不合理ではないことの理由として、A社の金融に関するアドバイザーを務めていた専門家が本件社債を取得することを薦める推奨意見が出されていること、当該専門家の経歴及び専門家が社債発行会社との間において特別な利害関係を有していなかったことを指摘して、当該専門家が本件社債の内容やリスクについて意見を述べることが同人の能力を超えるとはいえないことを挙げている。

かかる判示からすると、経営判断を行う取締役としては、専門家に依頼し、善管注意義務違反となるリスクを低減させることを検討するべきである。かかる専門家の選定に当たっては、経歴等から経営判断の対象となる分野に精通した者であるか否か、利害関係がなく中立的な判断を行うことができる者であるか否かを基準とするのが適切であると考えられる。

また、本判決の事案における専門家は、本件社債類似の投資案件について経験があったとは認定されておらず、さらに訴訟において証人として呼び出しを受けているのに出頭さえもしていない。にもかかわらず、本判決は、当該専門家の意見から取締役の情報収集やその分析が不合理ではないことを導いており、本判決を前提とする限り、専門家の意見に基づいて経営判断を行っている場合には、基本的には取締役の調査・検討の合理性を比較的緩やかに認めるものと解される。したがって、専門家の意見聴取が行われていることは、本件類似の事案では極めて重要な要素であると考えられる。

さらに、本判決では、余剰資金の金額からもYらの意思決定の内容が著しく不合理ではないとしており、余剰資金が高ければ高いほど、取締役に広範な裁量が認められると解していると思われる。

この点、余剰資金も最終的には株主に還元されるべきものであるから、潤沢な余剰資金があったとしても、取締役にさほど大きな裁量を与えるべきではないとも考えられ、この点に関する本判決の判示については評価が分かれうるところであると思われるが、取締役の立場としては、本判決に従い、会社の流動資産の状況、資金繰りの状況等に照らして善管注意義務違反を争うのが無難である。

なお、A社は、コンピュータのソフトウェアの企画開発等を行うこと等を目的とする会社であり、投資を本業とする会社ではない。本業とは異質な対象に対する投資については、取締役の専門的な知識や経験が妥当しないことが予想されるからより慎重な情報収集・分析が求められると解され、東京高判平成28年7月20日金判1504号28頁も「取締役が会社の業務の目的範囲等からみて投資対象企業の事業内容につきその遂行能力、経験及び知見に乏しいときは、その考慮要素に照らし、投資をするか否かの判断の基礎となる情報の収集及び収集した情報を基礎とした投資判断の双方において慎重さが求められるというべきである」と述べている。

本判決は、この点に言及していないが、取締役の責任を問う立場としては、投資対象と本業との関連性、取締役の経歴等に言及しつつ投資適格という視点からも主張立証することが求められるであろう。


4 課徴金納付命令に関する任務懈怠責任について

本判決では問題となっていないが、原審では、Xは、Yらに対し、有価証券報告書の虚偽記載を理由として、金融庁長官からA社に対し課徴金納付命令が出されたことについて、任務懈怠に基づく損害賠償請求を求めていたので、以下参考として紹介する。

原審では、Yらに対し、有価証券報告書虚偽記載に基づく課徴金相当額の損害賠償も求めていた。かかる課徴金納付命令は、A社が連帯保証人であるD社の財政状態が大幅に毀損した可能性をうかがわせる事象を把握したが、社債の評価体制の不備等により、当該事象の影響を十分確認せずに、当該社債の評価を誤った結果、当該社債に係る投資有価証券評価損等を計上しなかったことを理由とするものである。

原審は、有価証券報告書の提出に係る善管注意義務違反について、会社の決算に関する業務を担当する取締役は、善管注意義務の内容として、一般に公正妥当と認められる会計基準に従って財務諸表等を作成するべき義務を認めた。もっとも、虚偽記載が問題となった有価証券報告書等は、D社の債務超過の事実が記載された第5期事業年度決算報告書の作成に先立ち提出されており、D社の債務超過の事実が記載されていない第4期事業年度に基づいてD社の資産状況を判断したことが、前記の財務諸表作成上の義務に違反したものということはできないとして、Yらの責任を認めなかった。



[1] 近藤光男『判例法理 経営判断原則』8頁(中央経済社・2012)

[2] 弥永真生『判批』ジュリスト1521号2頁、3頁(2018)

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