加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例ー会社作成の会計帳簿の記載内容を信頼して計算関係書類の監査を実行した会計限定監査役の任務懈怠責任を否定した高裁判決を破棄差し戻した事例

最判令和3年7月19日判タ1493号22頁

原審:東京高判令和元年8月21日金判1579号18頁

第一審:千葉地判平成31年2月21日金判1579号29頁

第1 判決の概要

本件は、監査の範囲は会計に関するものに限定されている監査役(会計限定監査役)の任務懈怠責任が問われた事案である。

X社の経理担当職員Aは、X社の銀行預金から長期にわたり多額を横領した。Yは、X社の会計限定監査役であったが、Aが預金残高証明書を偽造したこともあって、Aの横領行為を発見できなかった。

X社は、Yが監査において金融機関発行の残高証明書原本を確認するなどの預金の実在性確認を怠ったために横領行為の発見が遅れて被害が拡大したと主張して、会社法423条1項に基づき損害賠償の支払いを求め提訴した。

原判決は、会計限定監査役は、会社作成の会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であるなどの特段の事情のない限り、会計帳簿の記載内容を信頼して計算関係書類の監査を行えば足り、会計帳簿の裏付資料(証憑)を確認するなどして会計帳簿の不適正記載を積極的に調査発見すべき義務を負わないとして、Yの責任を否定した。

しかし、最高裁は、会計監査人が設置されていない会社において、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、またはその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるとして、原判決を破棄し、差し戻した。

(参照条文)

会社法389条(定款の定めによる監査範囲の限定)

1 公開会社でない株式会社(監査役会設置会社及び会計監査人設置会社を除く。)は、第381条第1項の規定にかかわらず、その監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定款で定めることができる。

3 前項の監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案、書類その他の法務省令で定めるものを調査し、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。

4 第2項の監査役は、いつでも、次に掲げるものの閲覧及び謄写をし、又は取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して会計に関する報告を求めることができる。

会計帳簿又はこれに関する資料が書面をもって作成されているときは、当該書面

会計帳簿又はこれに関する資料が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したもの

5 第2項の監査役は、その職務を行うため必要があるときは、株式会社の子会社に対して会計に関する報告を求め、又は株式会社若しくはその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる。

会社法436条(計算書類等の監査等) 

1 監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含み、会計監査人設置会社を除く。)においては、前条第2項の計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書は、法務省令で定めるところにより、監査役の監査を受けなければならない。

会社計算規則59条(各事業年度に係る計算書類)

3 法第435条第2項の規定により作成すべき各事業年度に係る計算書類及びその附属明細書は、当該事業年度に係る会計帳簿に基づき作成しなければならない。

会社計算規則121条 

2 前項に規定する監査には、・・・計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめ、かつ、その結果を利害関係者に伝達するための手続を含むものとする。

第2 事案の概要

1 当事者

X社は、昭和32年設立の印刷業を営む資本金9600万円の株式会社である。

Yは、X社の顧問税理士であり公認会計士資格も有していたが、昭和42年から平成24年9月1日までX社の会計限定監査役の職にあった。

2 Aによる横領

経理を担当するAは、平成19年2月から平成28年7月までの期間、合計126回にわたりX社の銀行預金から合計2億円以上を横領した(本件各横領行為)。Aは、その期間中、預金口座の残高証明書を偽造し、会計帳簿に虚偽の記載を続けた。

X社の貸借対照表は、虚偽の記載がされた会計帳簿に基づいて作成されたため、第50期(平成19年5月期)から第58期(平成27年5月期)までの貸借対照表上の「現金及び預金」の額と、実際の現預金有高が相違することとなった。 

Yは本件各横領行為があった期間のうち第50期(平成19年5月期)から第55期(平成24年5月期)までの監査を担当したが、監査結果は貸借対照表その他の計算書類等の内容を適正と認めるものであった。預金の実在性については、1回だけAがカラーコピーで精巧に偽造した残高証明書による確認が行われ、他の年度は偽造された残高証明書の白黒コピーによる確認が行われた。

3 第一審

平成28年7月、銀行から、帳簿上の本件口座の残高と実際の残高に食い違いがある旨の指摘を受けたことを端緒として、本件各横領行為が発覚した。

X社は、Yが毎年の監査において金融機関発行の預金残高証明書原本を確認するなどの預金の実在性確認を怠ったためにAによる横領行為の発見が遅れて被害が拡大したと主張して、1億1100万円(原審においては9000万円弱)の損害賠償の支払いをYに対し請求した。なお、Aの横領行為があった時期に在任中であったX社取締役・監査役のうち、損害賠償請求を受けたのは、Yのみである。

第一審判決は、Yに任務懈怠があったと認め、第51期(平成20年5月期)の監査日である同年7月16日から第55期(平成24年5月期)の監査日である同年7月11日までの期間にAが横領した金額である5763万1108円について損害賠償責任を認めた。

これに対し、X社、Yの双方が控訴した。

4 原審

第一審判決を変更して、Yの責任を否定した。

⑴ 監査役の任務について

原判決は、「会計限定監査役が・・・監査を行う場合においては、会計帳簿の信頼性欠如が会計限定監査役に容易に判明可能であったなどの特段の事情のない限り、会社(取締役又はその指示を受けた使用人)作成の会計帳簿(会社法432条1項)の記載内容を信頼して、会社作成の貸借対照表、損益計算書その他の計算関係書類等を監査すれば足りる。会計限定監査役は、前記のような特段の事情がないときには、会社作成の会計帳簿に不適正な記載があることを、会計帳簿の裏付資料(証憑)を直接確認するなどして積極的に調査発見すべき義務を負うものではない。」と判示した。すなわち、会計限定監査役の主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているか否かの確認であって、会計帳簿の作成の適正は原則として監査の対象に含まれず、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足り、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、その本来的な業務ではないと判断したのである。

そして、会計限定監査役の任務を狭く捉え、原則として監査の対象から会計帳簿を除いた帰結として、Yの責任を否定した。

⑵ 要求される善管注意義務の水準

X社は、Yが税理士・公認会計士であったことから、その要求される善管注意義務の水準につき一般の監査役より高いと主張した。

第一審はその主張を認めたが、原判決は一般的な会計限定監査役と同様としてX社の主張を容れなかった。

その理由としては、①Yが、X社から、監査役が遂行すべき任務内容に関する特別の要望等を受けたことはなかったこと、②Yの退任後、会計について専門的知識を有しない同族関係者が連続して監査役に就任したこと、③Yが受領していた月額3万円の監査報酬は、公認会計士の専門知識を生かした本格的な監査の報酬としては非常に低額であることをあげていた。

第3 判旨

最高裁は、「計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり・・・、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ・・・、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。」とし、「会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項、5項)などに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。そうすると、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。」と判示し、原判決を破棄した。そして、Yが任務を怠ったと認められるか否かについては、X社における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり、また、任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるとして原審に差し戻した。

草野耕一裁判官による補足意見がある。

第4 実務上のポイント

1 意義

原判決は、会計限定監査役の任務、その監査対象の範囲について判示した初めての公刊裁判例として注目された。会計帳簿の信頼性欠如が会計限定監査役に容易に判明可能であったなどの特段の事情のない限り、会計帳簿の記載内容を信頼して、会社作成の貸借対照表、損益計算書その他の計算関係書類等を監査すれば足りるとした原判決に対しては厳しい批判もあり[1]、最高裁の判断が待たれていたが、最高裁は前記第3記載のとおり原判決を破棄した。

本判決の射程は、会計監査人非設置会社の監査役監査についても及ぶと解される。

2 会計限定監査役の役割

公開会社でない株式会社(監査役会設置会社及び会計監査人設置会社を除く)は、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨定款で定めることができる(会389条1項)。いわゆる会計限定監査役であるが、我が国の中小企業の監査役の大多数がこの会計限定監査役であると考えられる。

ところが、監査役の任務についての原判決の判示に従うとすれば、会社が会計限定監査役をあえて置く意味があるのか疑問であった。この点、最高裁は、常識的な判断をしたといえよう。

もっとも、最高裁は前記第3記載のとおり述べて、原審に差し戻している。その理由付けからすると預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして会計限定監査役が適切な方法により監査を行ったといえるか否かで判断されることになろうが、具体的にどのような監査を行えば会計限定監査役が任務懈怠責任を免れるのかは未だ明らかではなく、差戻審判決が待たれるところである[2]

3 税理士・公認会計士である監査役の注意義務

税理士・公認会計士という会計専門家である監査役の注意義務についてだが、第一審判決は、Yは専門的能力を買われて監査役に選任されたとして、そのような監査役は一般的な監査役の善管注意義務よりも高い義務を負うとされた。

これに対し、原判決は、監査役報酬が非常に低額であったことなども根拠として、会計専門家としての能力を買われたとは認められないとして、Yが負う注意義務の水準は一般的な会計限定監査役と同程度としている。この点、草野裁判官補足意見でも、監査役の職務が法定のものである以上、監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないとしている。

税理士・公認会計士に会計限定監査役就任を依頼した中小企業経営者は、経理担当職員の不正防止の役割を期待している例が多いと考えられる。原判決や補足意見の見解に立つならば、経営者の期待が裏切られることもあり得よう。経営者が不正防止の役割を期待して会計限定監査役を置くのであれば、その任務・監査の対象について監査役任用契約において明記する必要がある[3]

3 会計限定監査役の責任を認めた裁判例

会計限定監査役の責任を認めた公刊裁判例は少ないが、名古屋高判平成23年8月25日判時2162号136頁東京地判平成4年11月27日判時466号146頁がある。いずれも第三者責任が追及された事例で、弁護士が監査役に就任していたという共通点がある。

弁護士 加藤 真朗



[1] 弥永真生「判批」金判1582号2頁。条文解釈、監査実務の観点等から原判決に対し詳細な批判がされている。原判決は原則と例外が逆転していると評価せざるを得ないとの指摘もある(7頁)。

[2] 預金残高証明書原本の確認は、一般に預金残高の実在性の証明との関係で有効な手続といえる(伊藤昌夫「会計限定監査役の注意義務をめぐる最高裁判例と実務への影響」ビジネス法務2022年3月号108頁)。また、草野裁判官の補足意見によると「本件口座がインターネット口座であることに照らせば、Yが本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。」としており、インターネット口座において残高証明書原本の確認に代替する手続として考えられる。

[3] 原判決は、第4の2記載のとおり、Yに求められる善管注意義務の水準についての判示において、X社から監査役が遂行すべき任務内容に関する特別の要望等を受けたことはなかったことをあげており、この理からすると特別の要望等があった場合には別異に解することを認めていると考えられる。また、補足意見においても「会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別」との言及があることから、同様の趣旨といえる。

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