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【目次】 1 善管注意義務及び忠実義務違反の成否 2 損害額の算定 |
1 善管注意義務及び忠実義務違反の成否
⑴ 在任中における引抜き行為
会社法上、取締役には競業避止義務が課されています(会社法356条1項1号・365条1項)。もっとも、従業員に対して移籍を勧めたり、他社への転職を働きかけたりする行為は、それ自体が競業取引に当たるわけではありません。ただ、取締役が在任中に自らの部下である従業員に対して引抜きを行う場合には、その態様によっては問題となることがあります。当該取締役と従業員との関係やその他の事情を踏まえ、引抜きが不当な態様で行われたと評価される場合には、会社に対する善管注意義務や忠実義務(会社法330条、355条)に違反する可能性があり、次のような事情が総合的に考慮して判断されます。
・勧誘の方法やその態様
・取締役が退任に至った経緯
・退職した従業員と取締役との関係(例えば、自ら教育・指導してきた部下であるかどうか)
・当該従業員の会社における待遇や地位
・退職者の人数
・当該退職が会社の事業運営や組織に与える影響の程度
例えば、代表取締役がほぼ全ての従業員を対象として強い働きかけを繰り返し行い、それまでの人間関係などの事情から従業員が退職せざるを得ない状況が生じた結果、同時期に多数の従業員(技術系従業員14名中11名)が退職するに至った事案では、この引抜き行為が善管注意義務および忠実義務(会社法330条、355条)に違反する違法行為に当たると判断されています(東京高判平成16年6月24日判時1857号139頁)。
⑵ 退任後における引抜き行為
一般に、取締役は退任すると、競業避止義務や善管注意義務、忠実義務を負わなくなると考えられています。そのため、退任した取締役が退任後に従業員を引き抜いた場合に、これらの義務違反が問題となることは多くありません。このような場合、不法行為責任および会社との間で競業避止などに関する特約がある際は当該特約違反が問題となります。
例えば、不法行為の成立を認めた裁判例として、取締役退任後に行われた従業員の引抜きについて、当該取締役が設立した競業会社に従業員を移籍させる目的で行われたものであり、その態様が自由競争の範囲を逸脱する不当なものとしたものがあります(高松高判令和3年9月3日2021WLJPCA09036003)。一方、顧客の奪取や従業員の引抜きの大部分が取締役辞任後に行われた事案であっても、事情によっては信義則の観点から、善管注意義務・忠実義務や競業避止義務に違反すると判断した裁判例もあります(千葉地松戸支判平成20年7月16日金法1863号35頁)。
2 損害額の算定
取締役による善管注意義務または忠実義務違反が認められた場合であっても、具体的な損害額を算定することは容易ではありません。従業員の引抜きによって退職が生じた場合、会社に生じ得る損害としては、当該従業員が退職しなかった場合に会社が得られたであろう逸失利益、従業員の教育に要した費用、さらには従業員の大量退職などによる会社の信用低下などが考えられます。ただし、これらの損害のうち、どこまでが引抜き行為と相当因果関係のある損害といえるかを具体的に特定することは、実務上必ずしも容易ではありません。
また、損害の認定にあたっては、どの程度の期間について損害の発生を認めるかという点も問題となります。一般的には、引抜きによって崩れた組織体制を会社が元の状態に回復するまでに必要な期間が一つの目安とされています。ただし、引抜きを受けた会社側にも人材補充などの努力が求められるため、そのような努力を怠った結果として生じた損害については、引抜き行為との因果関係が否定されることになります。
裁判例では、東京地判平成11年2月22日判時1685号121頁や東京高判平成元年10月26日金判835号23頁のように損害発生期間を3か月から6か月程度と認定するものが比較的多いとされていますが、事案によっては前掲高松高判令和3年9月3日のように1年以上の期間について損害の発生を認めた例もあります。また、損害が生じていること自体は認められるものの、その金額を具体的に立証することが難しい場合には、裁判所が相当と認める額を認定することを可能とする民事訴訟法248条が適用されることもあり、前掲東京高判平成16年6月24日は民事訴訟法248条を適用の上、損害発生期間を特に明示していません。
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