加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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「公益通報者保護法」改正

 本年3月6日、公益通報者保護法の改正案が閣議決定されました。同改正案は、公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される予定です(公益通報者保護法改正案(以下、単に「改正案」といいます。)附則第1条)。また、政府によると、改正案については今国会において成立を目指すとされているため、内部通報制度の制度変更など改正案への対応について検討する必要があると考えられます。

 以下では、改正案の概略についてご説明します。

1 保護対象の拡大

 現行の公益通報者保護法では、労働者が労務提供先において、通報対象事実が生じ、又は生じようとしている旨を労務提供先に通報した場合に、当該通報を行った労働者を保護する内容となっています(現行公益通報者保護法第2条、同法第1条)。すなわち、保護主体はあくまでも労働者です。

 改正案では、通報者をより保護されやすくするために、退職者や役員も保護の対象となるよう変更されました(改正案第2条第1項)。

2 保護の対象及び内容

⑴ 現行の公益通報者保護法では、同法で指定する法律の規定のうち刑事罰の対象となるもののみが保護の対象となっていましたが(現行公益通報者保護法第2条第3項第1号)、改正案では、行政罰の対象となるものについても保護の対象となるよう改正されます(改正案第2条第3項第1号)。例えば、会社法では、会社法の規定上登記すべきであるのに登記しなかった場合や総会等について虚偽の申述を行った場合に行政罰である過料に処せられる旨規定されていますが、刑事罰である懲役刑や罰金刑の対象とはされていません(会社法976条ないし会社法979条)。そのため、現行の公益通報者保護法では、保護の対象とはなりませんでしたが、改正案では行政罰のみが定められているような場合であっても、公益通報対象事実として保護されます。

⑵ さらに、現行の公益通報者保護法では、公益通報により損害が生じた場合において、事業者が公益通報者に対して損害賠償請求を行うことを妨げる規定はありませんでしたが、改正案では、公益通報によって損害を受けたことを理由として、公益通報者に対して損害賠償請求を行うことができない旨明記されました(改正案第7条)。

3 行政機関に対する通報の要件緩和

 現行の公益通報者保護法では、通報対象事実について処分又は勧告等を行う権限を有する行政機関(以下、単に「行政機関」といいます。)に対する公益通報については、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合に限り同法の保護を受けることができます(現行公益通報者保護法第3条第1項第2号)。

 この点、自らを雇い、又は自らが役務を提供する先に対して公益通報を行う場合、公益通報者保護法による保護を受けるとしても、心理的抵抗を受けることはままあることであり、また、自らを雇い、又は自らが役務を提供する先に対して公益通報を行ったとしても、直ちに是正されることが期待できない事案もあり、行政機関等に対する公益通報を認める必要性が高い事案というのは往々にしてあると考えられます。

 他方で、現行の公益通報者保護法では、「信ずるに足りる相当の理由」が求められていることとの関係で、通報対象事実について。立証資料等が不足しているような場合、後に事業者から何らかの法的責任を問われるリスクを回避しようとして、公益通報を行うことに消極的となるケースもありました。

 これを受けて、改正案では、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料される場合に、行政機関に対し、公益通報対象事実の内容や公益通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由等を記載した書面を提出して公益通報を行う場合にも、公益通報者保護法の保護の対象となることとなりました(改正案第3条第1項第2号)。

4 報道機関等への通報の要件の緩和

 現行の公益通報者保護法では、報道機関等に対する公益通報については、要旨以下の場合において同法の保護の対象となる旨定められています(現行公益通報者保護法3条第3号)。

① 行政機関に公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当な理由があるとき

② 事業者に対して公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当な理由のあるとき

③ 正当な理由がないのに、事業者から事業者又は行政機関に対して公益通報を行わないよう要求されたとき

④ 書面により事業者に対して公益通報をした日から20日を経過しても、当該通報対象事実について、事業者から調査を行う旨の通知がない場合又は事業者が正当な理由がなく調査を行わないとき

⑤ 個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由があるとき

 以上に対し、改正案では、役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、当該公益通報者を特定させるものであることを知りながら、正当な理由がなくて漏らすと信じるに足りる相当の理由があるときにも、報道機関等に対する公益通報が公益通報者保護法の保護の対象となる旨の規定が新設されています((改正案第3条第3号ハ)。

 また、改正案では、上記⑤「生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある」場合のほか、通報対象事実を直接の原因とする個人の回復することができない損害又は通報対象事実を直接の原因とする著しく多数人の多額の損害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合にも、報道機関等に対する公益通報が公益通報者保護法の保護の対象となる旨変更されています(改正案第3条第3号ヘ)。

5 改正案における行政機関、報道機関等への公益通報の要件に関するまとめ

 改正案において、行政機関、報道機関等への公益通報が保護を受ける場合を表にして説明すると、次のとおりです。

通報先

要件

条文

行政機関

①通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合

又は

②通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると思料し、かつ、次に掲げる事項を記載した書面を提出する場合

イ 公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所

ロ 当該公益通報対象事実の内容

ハ 当該通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由

二 当該通報対象事実について法令に基づく措置その他適当な措置がとられるべきと思料する理由

改正案第3条第2号

報道機関等

通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合

①行政機関に公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当な理由があるとき

②事業者に対して公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当な理由のあるとき

③役務提供先に対する公益通報をすれば、役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、当該公益通報者を特定させるものであることを知りながら、正当な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合

④役務提供先から、役務提供先や行政機関に対する公益通報をしないことを正当な理由なく要求されたとき

⑤書面により役務提供先に対する公益通報をした日から20日を経過しても、当該公益通報対象事実について、当該役務提供先から調査を行う旨の通知がない場合又は当該役務提供先が正当な理由がなくて調査を行わない場合

⑥個人の生命若しくは身体に対する危害又は個人の財産に対する損害(回復することができない損害又は著しく多数の個人における多額の損害であって、通報対象事実を直接の原因とするものに限る。)が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由があるとき 

改正案第3条第3号

6 事業者の義務

 現行の公益通報者保護法では、事業者に対し、通報・相談窓口の整備運用(いわゆる内部通報制度)を置くことが義務付けられていませんでした。もっとも、行政機関のガイドラインでは、内部通報制度を置くことが必要であると定められており、現行法下においても事実上内部通報制度の設置が求められていました(平成28年12月9日消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」4頁)。

 改正案では、内部通報制度の設置に関して法律上規定されることとなりました。すなわち、改正案第11条第1項では、事業者の義務として、公益通報を受け、通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置を採る業務に従事する者を定めなければならないとされ、同条第2項では、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を採らなければならないと定められています。

 このように、改正案では、内部通報制度の設置が法律上の義務化されることとなりました。

 上記については、今後ガイドラインが定められることが予定されています(同条第4項)。

 もっとも、「常時使用する労働者の数が300人以下の事業者」については、上記義務については努力義務とされています(同条第3項)。

7 実効性確保

 公益通報の実効性確保のためには通報者の秘密を保護することが不可欠です。

 そのため、改正案では、公益通報に対応する者や過去に公益通報に対応するものであった者は、正当な理由がなく、公益通報に関して知り得た事項であって通報者を特定させるものを漏らすことが禁止されており(改正案第12条)、これに違反した者は、30万円以下の刑事罰に処せられる旨の規定が新設されています(同案第21条)。

 さらに、内部通報制度に関して行政から報告や助言、指導、勧告を受ける場合があり(同案第15条)、勧告を受けたにもかかわらず、従わない場合には公表されることがあります(同案第17条)。

8 最後に

 前記のとおり、常時使用する労働者の数が300人を超える事業者は、内部通報制度を設置する必要があります。違反した場合、公表される可能性があり、事業者にとってはレピュテーションリスクが生じることとなるため、未だ内部通報制度を設置していない事業者にあっては、早急に制度を設ける必要があると考えられます。

 他方、既に内部通報制度を設置している事業者であっても、本改正を受けて今後開示されるガイドラインや内部通報制度に関する認証基準などを参照しながら、内部通報制度の体制を見直すことが重要であると考えられます。

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