第1 はじめに
最高裁第二小法廷判決令和6年4月19日民集78巻2号267頁(以下、「本判決」といいます。)は、株券発行会社の株式譲渡及び株券発行請求に対する債権者代位権の行使に関して重要な判断を示しました。
本件は、株券が発行されていない段階で行われた株式譲渡の当事者間における効力、及び株式譲受人による株券発行請求の債権者代位権の可否が争点となった事案であり、実務上も企業法務や相続・譲渡実務において注目されるべき内容を含んでいます。
第2 事案の概要
1 A社は非公開会社であり、株券発行会社に該当するものの、設立以来一度も株券を実際に発行したことがない会社でした。また、同社は取締役会設置会社であり、その株式の譲渡には会社の取締役会による譲渡承認が必要とされる譲渡制限株式が発行されていました。
2 被上告人Y1は、平成16年1月、A社の設立に際して株式200株(以下「本件株式①」)を引き受け、株主となりました。その後、Y1は平成24年4月、この本件株式①をBに譲渡し、A社の取締役会は当該譲渡を承認していました。
被上告人Y2は、平成18年5月にA社が発行した募集株式310株を引き受け、株主となりました。Y2は同年8月頃、このうち240株(以下「本件株式②」)を譲受人Cに譲渡し、同様にA社取締役会の承認を得ていました。さらに、Cは平成25年7月、本件株式②を譲受人Dに譲渡し、この譲渡についても承認決議がなされていました。
このように、本件株式①および②は、株券が一切発行されていない状態のまま、複数の譲渡を経て承認付きで移転していました。
3 その後、平成29年10月、BおよびDはそれぞれ、Y1およびY2が有していたA社に対する株券発行請求権を債権者代位により行使し、自らに対して株券を交付するようA社に請求しました。これに応じて、A社はBに対し、文書を交付しました(以下「本件株券①」)。また、Dにも同様に文書(以下「本件株券②」)が交付されました。いずれも、株券としての体裁を備える文書でした。
4 さらに、令和2年3月には、Bが上告人Xに対して本件株式①および本件株券①を譲渡し、同年7月には、DがXに対して本件株式②および本件株券②を譲渡しました。これらの譲渡についても、A社取締役会はそれぞれ承認決議を行っていました。
5 このようにして、Xは本件株券①および②を実際に所持するに至り、原始的な株主であったY1およびY2との関係において自己の株主資格を確認すべく、本件訴訟を提起したものです。
第3 争点と最高裁の判断
1 株券発行前の株式譲渡の効力
原審は、会社法128条1項を形式的に解釈し、株券発行前の譲渡についても株券の交付がなければ当事者間でも効力を生じないと判断しました。
これに対し最高裁は、次のように判断を示しました。
(1) 会社法は127条において株式は譲渡可能であることを定め、意思表示のみで譲渡が可能であるという原則を採用している。他方で、128条は株券発行会社の株式の譲渡について特則を設けており、2項では株券発行前の譲渡について、会社に対する関係に限ってその効力を否定する旨を定めている。
(2) これに対して1項は、株券の交付がなければ譲渡の効力を生じないと規定するが、仮にこの1項を株券発行前の譲渡にも適用し、当事者間でも効力が否定されると解すると、2項の存在意義が失われる。また、株券発行前の譲渡について当事者間の効力まで否定する合理的理由も見いだせない。
(3) したがって、128条1項は株券発行「後」の譲渡に限って適用される規定と解すべきであり、株券発行前にされた譲渡については、たとえ株券の交付がなくとも、当事者間ではその効力が否定されることはないと解される。
2 債権者代位権による株券発行請求権の行使の可否
本件では、株式譲受人であるBおよびDが、譲渡人が保有する株券発行請求権を民法423条1項(2018年債権法改正前)に基づき代位行使し、会社に対して自らに株券の交付を求めました。
原審は、「発行会社が株主本人に交付したものでなければ株券としての効力を有しない」としてその効力を否定しました。
最高裁はこれを明確に否定し、「株券発行会社の株式の譲受人は、譲渡人に対する株券交付請求権を保全する必要があるときは、民法423条1項本文(・・・)により、譲渡人の株券発行会社に対する株券発行請求権を代位行使することができる」と譲受人による株券発行請求権の代位行使を認め、「株券発行会社が、これに応じて会社法216条所定の形式を具備した文書を直接譲受人に対して交付したときは、譲渡人に対して株券交付義務を履行したことになる」としました。
3 結論
以上判示した上で、更に審理を尽くさせるとして原判決を破棄し、原審に差し戻しました。
第4 実務的意義
1 株券発行会社に関する会社法上の規律
(1) 会社法第214条は、会社が発行する株式について株券を発行する旨を定款で定めることができると規定し、株券を発行しない会社が原則形態であることを明らかにしています。
(2) 株券を発行することを定款に定めている場合、会社法の株券に関する各種規定の規律を受けることとなります。まず、株券発行会社は、株式を発行した日以後遅滞なく株券を発行する必要があります(同法第215条1項)。株券には法定された必要事項の記載が必要となります(同法第216条)。
もっとも、株券発行会社が非公開会社の場合は、株主からの請求があるまでは株券の発行は必要的ではありません(同法第215条第4項)。実際、非公開会社であることが多い中小企業においては、株券発行会社でありながら株券を発行していない会社が少なくありません。
(3) 株券発行会社の場合、株式の譲渡に関しても不発行会社とは異なる規律を受けます。株式の譲渡は意思表示のみで行えるのが原則ですが(同法第127条)、株券発行会社の株式を譲渡する場合には、株券自体を交付しなければ譲渡の効力が生じないものとされています(同法第128条第1項)。また株券が発行される前に行われた譲渡は、会社との関係では効力が生じません(同法第2項)
(4) 会社や第三者に対して株主であることを対抗するためには、株主名簿に株式を取得した者の名称等を記載してもらう必要があるのが原則です(同法第130条第1項)。もっとも、株券発行会社では株主名簿への記載は、会社に対抗するためのみに必要となります(同条第2項)。また、株券の占有者は株式についての権利を適法に有していると推定され(同法第131条第1項)、株券の交付を受けた者は悪意又は重大な過失がない場合には株式についての権利を取得します(同条第2項)。
2 本判決の意義
(1) 上記のような会社法の株券発行会社に関する規律において、株券発行前に行われた株式譲渡の当事者間の効力は、明文での規律がなく、会社法第128条の解釈として学説・判例に委ねられていました。
株券発行前の譲渡については、株式譲渡の当事者間においては、株式の移転を求めることができるだけではなく、株式の移転の効力が生じるとの見解を示す通説に対し、当事者間でも株式移転の効力が生じず、株式の移転を求めることができるにとどまるとの有力説が主張されてきました。
本判決はこの点に関して、株券が発行されていない段階でなされた株式譲渡の当事者間での効力について、有効であると判断しました。株券発行会社の株式譲渡に関する不確実性を一つ解消するものであり、実務上大きな意義があります。
(2) また、株式譲受人が譲渡人の株券発行請求権を債権者代位により行使することで、自ら株券の交付を受ける道が開かれたことも、株主としての地位を確保する手段として有用な判断です。株券未発行の状態にあることが多い中小企業の実務において、譲渡当事者の合意のみに基づく権利取得を形式的に否定することは、取引の安定性を損なうおそれがありましたが、本判決はそのような不安を一定程度払拭するものと評価できます。
3 今後の課題
(1) もっとも、本判決によってすべての問題が解消されたわけではありません。本件では、会社がすべての株式譲渡について取締役会の承認を行っていたという事実が前提とされており、譲渡承認の有無が争点とはなっていませんでした。そのため、譲渡承認が得られていない場合において、株券未発行のまま株券交付請求を代位行使しうるか、あるいはそのような交付が真正な株券としての効力を有するかについては、依然として不確実な点が残ります。
(2) また、債権者代位による株券発行請求の実務的運用においては、被保全債権の存在や保全の必要性といった代位の要件をどのように会社に対して示すのか、あるいは債権法改正で設けられた登記等の手続きに関する債権者代位の規定(民法第423条の7)の要件を満たせば足りるのか、また会社がこれをどのように対応すべきかといった具体的な手続について、明確な基準があるわけではありません。加えて、株券交付後に譲渡人との間で紛争が生じた場合の法的帰結など、実務上の処理が未整備な点も多く残ります。
(3) あくまで本判決は当事者間で有効であることを示したに過ぎず、会社との関係では株券発行前に行われた譲渡は効力を有しないため、株券発行会社の株式を譲り受けるにあたって、次の点に留意すべきです。
株券が未発行である場合には、譲渡人による株券発行請求の履行状況を確認し、必要に応じて譲渡を受ける前に譲渡人において株券の発行を請求するように求めることや、債権者代位による発行請求を検討する必要があります。加えて、会社から交付された文書が会社法第216条所定の株券の形式的要件を備えているか、形式・記載内容を確認しておくことも求められます。
また、株券の交付を受けた後は、株主名簿への名義書換請求を速やかに行い、会社に対して株主であることを対抗するための手続を完了しておくべきです。議決権行使や配当請求といった実体的権利の行使にも関わるため、名義書換は単なる事務手続にとどまらず、権利確保のための重要なステップといえます。
(4) このように、本判決は株式譲渡の効力や株券発行請求に関する従来の解釈の不明確さを一部解消したものである一方、譲渡承認や手続的対応といった実務的課題がなお残ることにも留意が必要です。譲受人としては、株主としての法的地位を確保するための措置を怠らず、譲渡人・会社側との協調のもと、確実な手続を尽くしていく必要があります。
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