加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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振替株式についての会社法第796条3項の反対通知を行うにあたり反対通知の期限内に個別株主通知が必要だと判断した事例−東京高裁決定令和6年10月16日

第1 はじめに

 東京高等裁判所決定令和6年10月16日(事件番号令和6年(ラ)第2271号。以下「本決定」といいます。)は、株式交換による完全子会社化の手続に関して、重要な判断を示したものです。具体的には、株式交換完全親会社の株式が上場されており、「社債、株式等の振替に関する法律」(以下「振替法」といいます。)第128条第1項に定める振替株式となっている状況において、個別株主通知を欠いた状態での反対通知(会社法第796条第3項)の有効性が問題となりました。

 本決定は、このような振替株式に係る反対通知を行うためには、振替法第154条第3項に基づく個別株主通知が必要であること、そしてその通知がなされるべき時期について、明確な基準を示した点において、実務上重要な意義を有すると評価できます。

第2 事案の概要

1 本件は、上場会社である株式会社Y(以下「Y社」といいます。)が、非上場会社の完全子会社化を目的として、株式会社A(以下「A社」といいます。)および株式会社B(以下「B社」といいます。)との間で締結した株式交換契約(以下、「本件各株式交換契約」といいます。)に基づき、会社法第796条第3項による簡易株式交換手続を進めたところ、Y社の大株主であり元代表取締役でもある抗告人X(以下「X」といいます。)が、当該株式交換に反対の意思を示し、その差止めを求めた仮処分命令申立てが争われた事案です。

2(1) Xは、令和6年3月31日時点で、Y社の発行済株式の約32.37%を自己名義で保有し、同年10月4日時点においても約28.64%を保有していました。また、約3.94%を「株式会社C信託 信託口」名義で信託設定された振替株式として保有していました(以下、当該振替株式を「本件振替株式」といいます。)。

(2) Y社は、東証スタンダード市場に上場する会社であり、その株式は、振替法第128条第1項の振替株式となっています。

3 Y社は、令和6年9月24日、A社およびB社との間でそれぞれ株式交換契約を締結し、Y社を完全親会社とし、A社およびB社を完全子会社とする旨の手続を開始しました。そして、同月26日午前零時に、会社法第797条第4項に基づき電子公告を行いました。なお、同公告から「二週間」(同法第796条第3項)は、同年10月9日までとされていました(民法第140条ただし書)。

4 この株式交換は、会社法第796条第3項に基づく簡易株式交換として、株主総会の承認を経ることなく実施される手続であり、効力発生日は当初10月15日とされ、のちに同月17日に変更されました。

5 本件株式交換を行う旨の電子公告を受けてXは、同年10月1日、Y社に対し、会社法第796条第3項に基づき、株式交換に反対する旨の通知(以下、「本件反対通知」といいます。)を提出し、同日中に到達しました。その後、同月2日に会社法第796条の2に基づく株式交換の差止請求を本案として、本件仮処分命令を申し立てました。

 Xは、本件振替株式について、振替法第154条第3項に基づく個別株主通知の申出を同月7日に行い、同月11日に個別株主通知が行われました。

第3 争点と東京高裁の判断

 本件の争点は多岐に渡りますが、本決定は、①振替法に基づき振替株式を保有する株主が、株式簡易交換手続に対する反対通知を行うにあたり個別株主通知を要するのか、及び②個別株主通知が必要な場合にはいつまでにこれを行う必要があるのか、を示した最初の高裁裁判例であることから、この2点について検討していきます。なお、本件でこの点が問題となったのは、会社法第796条第3項(及び会社法施行規則第197条)に基づく簡易株式移転の成立を阻止するためには、本件振替株式の分の反対通知が必要であったためでした。

1 Xの主張

 Xは原審である東京地裁及び本件の東京高裁において、本件反対通知に先立って個別株主通知がされていなかったことを前提(この点についても争われていましたが、原決定・本決定ともにXの主張を排斥しています。)に、a)自己の保有株式数および株主としての地位はY社も把握していたはずであること、b)反対通知の会社法の制度趣旨に鑑みれば、個別株主通知の到達が反対通知期間の経過後であったとしても、その効力を一律に否定することは株主保護の観点から不当であり、会社に生じる不利益との利益衡量により判断すべきであることこと、及びc)本件における抗告人の保護の必要性が高いこと、また信義則上、会社に対して反対通知の効力を主張できることを主張していました。

2 本決定の判断

(1) 本決定は、原決定からXが主張していた内容については原決定の判断を支持し、引用する形で、次のとおり判断しました。

(2) まず、前提として原決定は、反対通知をすることは、振替法第154条第1項の規定する少数株主権等の行使に当たると解されるとして上で、本件における反対通知の期間(公告日から2週間)は令和6年10月9日までであったところ、抗告人に対する個別株主通知が到達したのは同年10月11日であって、通知期限を2日徒過していることを認定しました。したがって、抗告人の反対通知は、法の要求する個別株主通知を欠くものであり、会社に対して効力を有しないと判断しました。

(3) その上で、Xの主張では、Y社がXの株主たる地位や保有株式数を把握していたことの根拠としていた「主要株主の異動(予定)に関するお知らせ」についても、当該文書にはXの保有株式数や割合の具体的記載はなく、会社が反対通知時点においてXの保有株式数を正確に把握していたとは認められないとしました。さらに、抗告人がこれまでに短期間で大量の株式を譲渡していた事実からも、反対通知の時点で要件を満たしていたかどうかを会社が明確に認識していたとはいえないと判断しました。

(4) 会社法第796条第3項・第797条第4項および振替法第154条の文言・制度構造に鑑みると、反対通知の効力が発生するには、公告または通知後2週間以内に反対株式数が所定数に達する必要があり、かつ少数株主権等の行使には個別株主通知が先行していなければならないとするのが法の趣旨であると指摘しました。

  したがって、利益衡量によって反対通知の効力を一律に判断することは、法的安定性を害するものであり、相当ではないと判断しました。

(5) 抗告人は反対通知と仮処分申立てを10月1日および2日に行っているにもかかわらず、個別株主通知の申出を行ったのは10月7日であり、漫然と遅延していたと評価されるとしました。また、東京地裁からはすでに10月2日時点で通知の提出を求められていたこともうかがわれることから、Xの保護を殊更に図るべき事情や信義則に基づき効力を認めるべき事情も認められないと結論付けました。

第4 実務的意義

1 振替株式の権利行使

(1) 振替株式の制度

 振替株式とは、振替機関(株式会社証券保管振替機構、いわゆる「ほふり」)が管理する株式をいいます(振替法第128条第1項)。証券会社などの口座管理機関を通じて、投資家が口座を開設し、口座上で株式の保有・譲渡を管理する仕組みです。

 投資家が株式を譲渡する際には、自らの口座管理機関に振替を申請し、各振替機関等を経由して譲受人の口座に記録されることで、譲渡の効力が生じます(振替法第140条)。この口座記録には権利推定効(振替法第143条)が認められ、善意取得も可能です(振替法第144条)。

 振替株式については、譲渡の都度、株主名簿の名義書換は行われません(振替法第161条第1項)。代わりに、基準日などの指定日に、振替機関から会社に対して総株主通知がなされ、これに基づいて会社が株主名簿を更新したものとみなされます(振替第151条・第152条)。

(2) 少数株主権の行使

 振替株式を保有する株主が、株式買取請求、議案提出などの少数株主権を行使しようとする場合には、原則として「個別株主通知」の手続を経る必要があります。これは、振替制度においては名義書換えが行われず、会社からは株主の実体が直ちに把握できないため、会社側に「誰が、どの株式をどれだけ保有しているのか」を明示的に知らせる必要があるからです。

 この通知は、株主が自らの口座管理機関を通じて振替機関に申出を行い、振替機関が会社に対してその情報を通知するという形で行います。通知がなされた株主は、通知日から4週間以内であれば、株主名簿の記載がなくても、当該株式について少数株主権を行使することができます(振替法第154条第2項、振替法施行令第40条)。

2 本判決の趣旨

(1) 本件では、こうした振替制度を前提に、組織再編に反対する株主による反対通知が、振替法第154条第1項にいう「少数株主権等の行使」に該当し、同条第3項に基づく個別株主通知は、反対通知を行うことができる期間内に会社に到達していなければならないと判示されました。

(2) 従前の理解としては、振替法第154条第1項における「少数株主権等の行使」とは、基準日において株主名簿に記載されていることで確定する権利を除いた権利を指すと解されており、組織再編に反対する株主による反対通知もこれに含まれると考えられていました。最高裁判所も、個別株主通知を経ていない全部取得条項付種類株式の取得価格決定申立て(会社法第172条)について、これを却下した判例があります(最決平成22年12月7日・民集64巻8号2003頁)。

  本決定も、従来の学説や最高裁判例の考え方と軌を一にするものであると評価できます。

3 実務への影響

(1) 本決定により、振替株式に関して反対通知を行うには個別株主通知が必要であることが明確になりました。また、会社法第796条第3項は、一定割合に達する株主の反対通知があった場合には、簡易株式交換手続が認められず、株主総会の承認が必要となる旨を定めており、反対通知によって示された議決権数を会社が明確に把握する必要性を強調しています。

  この理は、他の組織再編や資本政策に関わる手続にも妥当するものと考えられます。たとえば、新株発行・新株予約権発行に際し、支配権の移転を伴う場合の特則(会社法第206条の2第4項、第244条の2第5項)や、簡易事業譲受けの反対通知(同法第468条第3項)についても、同様に個別株主通知の要否や時期が実務上の課題となるでしょう。

(3) 少数株主権等の行使は、株式会社において過半数以上の株式を保有する大株主が進める各種の手続きに対して、会社法上、少数株主がとれる数少ない対抗手段です。特に組織再編や新株発行等に基づく株主割合の変更など、株式会社の根幹を変更する手続きへの対抗策であり、その行使の重要性は高いものといえます。上場会社では振替法に基づき振替株式の制度によって株式が管理されているものの、このよう支配権や会社の行く末に大きく関わる事項について意見が対立することは想定され、少数株主権の重要性は同じか、むしろ会社に規模による不可逆性から、重要性が高いといえます。

(4) 本決定は、反対通知の期限内に個別株主通知を欠く場合には、当該少数株主権の行使が無効とされ得ることを明確に示しました。この点で、実務上極めて大きな意義を持つ判断です。

  少数株主権等を行使するにあたっては、確実に個別株主通知を行い、かつ、法令等で定められた期限(本件では公告から2週間以内)までに通知が会社に到達するよう配慮する必要があります。実務上、個別株主通知の申出から会社への通知到達までには、通常4日程度、場合によっては10日前後の時間がかかるとされており、余裕をもった対応が求められます。

  したがって、少数株主権の行使を検討する段階で、あらかじめ個別株主通知を行っておくか、少なくともその準備に着手し、通知の到達時期が行使期間内となるよう調整しておく必要があります。特に争訟の可能性が生じた局面では、機を逃さずに通知手続を確保することが肝要です。

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