1.はじめに
第1回から第4回では、企業が対外的に公表するAIポリシー、すなわち「当社はAIをどのような原則で扱うのか」をステークホルダーに示す枠組みを中心に整理してきました。対外的AIポリシーは、AI時代における企業の信頼確保に不可欠ですが、それだけで企業のAI利用に伴う法的リスクが解消されるわけではありません。生成AIを筆頭にAIソリューションは、現場の従業員が日常業務の中で触れる場面でこそ、様々な法的リスクに直面します。したがって実際に必要となるのは、社内において「従業員がAIをどう使うべきか」を定める内部向けの規範、すなわち対内的AIポリシー(以下、「AI社内規程」といいます。)です。
2.AI社内規程とは
AI利用に伴い生じる法的リスクを回避するためには、AIの利用を一律に禁止することが最も効果的です。しかし、これからのAI時代において、一律禁止は、従業員の業務効率化・事業分担の観点で、利用する他の企業に競争力で大きく劣る事態を招き、現実的ではありません。
AI社内規程の役割は、単に「禁止事項を並べる」ことではありません。むしろ、AI活用が広がるほど発生しやすくなる混乱や誤用を防ぎ、企業としての責任ある利用を"運用"として成立させることにあるのです。AIは便利であるがゆえに、現場では「どこまで許されるのか」「何を前提に判断すべきか」が曖昧になりやすく、判断が人に依存すればするほど、部署ごと・担当者ごとに運用がばらつきます。この「ばらつき」は、様々な事故の原因となり、AI利用に伴う法的リスクの温床となります。AI社内規程は、このばらつきを抑え、全社としての安全性と一貫性を確保し、法的リスクを低減させるために必要となります。
AI社内規程を設ける必要性は、大きく三つの観点から説明できます。第一に、利用できるツールの統制です。生成AIサービスは多様で、情報の取扱い、学習の有無、保存期間、管理機能などがサービスごとに異なります。従業員が各自の判断で利用するツールを選び始めると、企業側が把握できない場所でデータが処理され、結果として情報管理が崩れます。ここで重要なのは、個々のツールの優劣というより、「企業として統制可能な環境の中で使わせる」という発想です。AI社内規程は、その統制の起点になります。
第二に、利用できる範囲(業務上の使い方)の統制です。生成AIの出力には誤りが混じり得ますし、権利侵害や差別表現などの法的問題を含む可能性もあります。にもかかわらず、AIは"それらしく"文章を生成するため、利用者が無自覚に依存しやすいという性質があります。AI社内規程は、AIが得意な領域・不得意な領域を踏まえたうえで、企業として「どの用途では慎重さが必要なのか」「どの用途には適さないのか」を一定の方針として示し、現場の判断を支えるものです。ここが曖昧なままだと、現場は不安から利用を避けるか、逆に過信して突き進むかの二択になりやすく、いずれも健全な活用にはつながりません。
第三に、有用な使い方(活用の方向性)を示す必要性です。AI社内規程を、法的リスクを避ける目的のためだけに設けると、現場には「とにかく危ないから触るな」というメッセージとして受け取られがちです。しかし、企業が目指すのはAIの排除ではなく、適正な条件・管理の下での活用の促進です。そのため、AI社内規程は「何をしてはいけないか」だけでなく、「どのように使えば価値が出るのか」「どういう姿勢で使うべきか」という、行動の指針としての役割を持つべきです。これにより、現場は安心して試行錯誤でき、企業としても活用を広げながら統制を効かせることができます。
以上の三点を踏まえると、社内規範は「AIを使わせないためのルール」ではなく、「AIを使える状態にするためのインフラ」と位置づけるのが適切です。対外的ポリシーが企業の"宣言"だとすれば、AI社内規程はそれを実現するための"仕組み"です。両者が揃って初めて、企業は社会に対して説明可能なAI活用を行い、内部では事故を抑えつつ継続的な改善を回すことができます。
3.AI社内規程の参考例
最後に、AI社内規定をゼロから作るのが難しい場合、参考となる素材が公開されています。一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)のHP(https://www.jdla.org)には、AI社内規定の雛形が掲載されています。この雛形は、生成AIの社内利用を開始するにあたり、最低限整えておくべき条項が網羅的に実際の規定形式で作成されており、大変参考になります。もっとも、個々の事業主、利用目的、企業ごとに、AIの利用形態は様々です。そのため、実際にAI社内規定を導入する際には、AI利用に伴う法的リスクへ備えるため、弁護士に相談されることをお勧めします。
「AIツール導入にあたり企業が策定すべきAIポリシーとは」① 企業におけるAI導入の実情|加藤&パートナーズ法律事務所
「AIツール導入にあたり企業が策定すべきAIポリシーとは」② 2種類のAIポリシーの必要性|加藤&パートナーズ法律事務所
「AIツール導入にあたり企業が策定すべきAIポリシーとは」③ AI事業者ガイドラインについてⅠ |加藤&パートナーズ法律事務所
「AIツール導入にあたり企業が策定すべきAIポリシーとは」④ AI事業者ガイドラインについてⅡ|加藤&パートナーズ法律事務所
加藤&パートナーズ法律事務所(大阪市北区西天満)では、関西を中心に企業法務、企業の内部統制構築(AIガバナンス)、AIポリシー・AIガイドライン等のAIツール導入・利用に関する社内規程整備のご相談・ご依頼をお受けしております。
弁護士 坂井 悠



