加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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コーポレート・ガナバンス入門16 -東芝不正会計集団訴訟判決とクローバック条項-

日本を代表する企業の一つ、東芝の迷走が続いています。

私の世代ならば、サザエさんのアニメのおかげで小さな頃から親しみのある会社です。

直接の利害関係はありませんが、凋落が続くのはとても残念です。

もしかすると長谷川町子さんも草葉の陰で悲しんでいらっしゃるかもしれません。

その東芝ですが、グループを2分割する会社提案が3月24日の臨時株主総会において否決されたことは大きく報道されました。

その後は非公開化、すなわち非上場化も視野に入れて、水面下も含め会社、株主である機関投資家、政府などで激しい綱引きが行われていると考えられます。

子会社である米国原発会社ウェスチングハウスで生じた巨額損失により経営難に陥った東芝が増資し、「物言う株主」(アクティビスト)など多くの機関投資家が株主になったことが混乱を生じさせていることは明らかです。

指名委員会等設置会社であり、外国人を含む社外取締役が多数を占めるなど、昨今のコーポレート・ガバナンス界隈では"先進的"と称されるはずの東芝の体制ですが、各プレイヤーが自らの利益を追求している限り、企業価値の向上など到底実現できないことを示す代表例となってしまっています。

ところで、大きくは報道されていませんが、3月10日に福岡地裁において東芝不正会計事件に係る集団訴訟の判決が言い渡されました。東芝に対する請求は請求額の2割程度が認められ、旧経営陣に対する請求は棄却されたと報じられています。

2015年に発覚した東芝不正会計事件は、今日の東芝の迷走のはじまりでした。

下記は当時東芝の適時開示に付された第三者委員会の調査報告書要約版です。

20150720_1.pdf (global.toshiba)

この不正会計事件により損害を被った一般投資家が各地で集団訴訟を提起したもののうち、第一号判決が上記福岡地裁判決なのです。

余談ですが、当時東芝は故意によるものではないと強調したかったのか「不正会計」という言葉を使わずに「不適切会計」と表現しました。それにつられた多くのメディアもそのまま「不適切会計」との表現を用いました。

聞き慣れない表現に違和感を拭えず、東芝がそのように表現をしたこと自体を批判する記事もあったので、東芝の狙い(?)が成就したのかどうかは分かりません。

これら集団訴訟は、投資者訴訟や証券訴訟と呼ばれることがある裁判です。

しばしば、株主代表訴訟と混同されることがありますが、別の裁判類型です。

投資者訴訟は金融商品取引法(金商法)に基づく請求ですが、株主代表訴訟は会社法に基づくものです。前者は、投資家(株主又は元株主)が会社や(元)役員等に対して請求し、その請求が認められると投資家に損害賠償金が支払われます。それに対し、後者は、株主が(元)役員等に対して請求し、株主の請求が認められると損害賠償金は会社に支払われることになります。

どちらの訴訟も不正会計事件があった場合に提起されることがありますが、全く別のものなのです。

閑話休題。

現在のコーポレート・ガバナンスの動きに話を戻します。

コーポレート・ガバナンス改革は取締役報酬の変革を強く促しています。

前回触れたとおり、日本の取締役報酬は欧米、特に米国と比較して相当低額に抑えられていました。また、従来は固定報酬+賞与というスタイルが多かったのです。

そこで、コーポレートガバナンス・コードは、「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」(原則4-2第2文)とした上で、下記のように求めています。

補充原則4-2

取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

すなわち、固定報酬ではなくて中長期の業績に連動させて、もっと会社が儲かるようにやる気を出させろということです。

これを受けて、上場会社の取締役報酬業績連動報酬株式報酬の割合が増加し、総額も増加傾向にあります。

「健全なインセンティブ」であるならば、いくら真面目な国民性の日本人でも、ないよりもあった方がいいでしょう。

とくに日本の上場会社取締役の報酬は、その責任の重さと比較して低廉過ぎたように思います。

米国レベルの高額まで上がってしまうのは問題ですが、現在の流れ自体は適切ではないでしょうか。

ただ、少し心配にもなります。

私は不正会計に関わる株主代表訴訟、投資者訴訟を経験してきましたが、そこで感じたのは、経営陣が背負う数字(業績)の重さです。

相当なプレッシャーを受けながら日々を過ごされていると思います。

現在のコーポレート・ガバナンス改革の考え方は、株主が直接的(議決権行使・機関投資家との対話)または間接的(社外取締役を中心とした取締役会による監督)に経営陣に対し影響力を行使することにより、経営陣をして会社の業績を上げさせようとするものです。

今や従来以上に経営陣は数字を上げねばという圧力を受けていると思います。

そして、業歴連動報酬等の拡大は、既に圧力により業績をよく見せたいとの動機付けがある状況で、業績が上がったら報酬もたっぷり払いますよ、というニンジンをぶら下げることになります。

私は経営者の方々の倫理観が低いとは思っていません。

また競争に勝ち残った優秀な方々だと考えています。

しかし、経営者も人間です。

思うように業績を上げられないとき、そのときに強烈なアメとムチが用意されていたとすると、ふと魔が差してしまうかもしれません。

業績連動報酬株式報酬はインセンティブとして必要であることは否定しません。

ただ、万が一不正会計によって経営陣が報酬を得た場合を考え、返還を求める明確な根拠が必要です。それをクローバック条項といいますが、日本の上場会社では未だ導入例が多くないと言われています。

事前予防の観点からも導入が望まれます。

東芝の今日の状況を一昔前には想像しえなかったのと同様に、世の中何が起こるかは分かりませんから。

加藤真朗

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