加藤&パートナーズ法律事務所

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コーポレート・ガナバンス入門25 -上村達男著『会社法は誰のためにあるのか 人間復興の会社法理』-

最近、早稲田大学名誉教授の上村達男先生の『会社法は誰のためにあるのか 人間復興の会社法理』(岩波書店・2021)を読み終わりました。

インパクトのある書名もあって、既に手に取られた方も多いかもしれません。

同書は、「会社は株主のもの」、「株主価値の最大化」といった通説、そして株主第一主義を強く非難するものです。

"一つのファンドだけで優に先進国家の経済規模を超えているが、商品を作らずサービスを提供せずしたがって従業員がおらず消費者もおらず、環境の影響を受けず、戦争で死ぬこともない巨大ファンドが、大株主として企業を、人間達を支配している"現状を憂い、"株式会社制度はヒトが運営しヒトのために役立つものでなければならない"との信念に基づき、「人間復興の会社法理」が展開されています。

現在のコーポレート・ガバナンス改革は、経産省が主導していると考えられていますが、これを端的に言えば、大株主である機関投資家の経営陣に対する直接または間接的な圧力により、上場会社の儲ける力を取り戻させようというものです。

何度も書いたように、かつての我が国の上場会社は、金融機関との間や事業会社間の株式の持合いによって、従業員から出世した経営陣によって支配される、いわば従業員による従業員のための会社でした。

ところが、バブル崩壊後に持合いが解消に向かい機関投資家の株式保有比率が大きく上昇したため、機関投資家の影響力が大きくなっています。

そのような背景の下、経済的には成功している米英型の株主第一主義の方向へと舵を切ったのが、コーポレート・ガバナンス改革だと言えるでしょう。

上村先生、経産省のファンド=機関投資家の捉え方は、どちらもその貪欲な利益追求姿勢を前提に、上村先生は負の側面を重視してその影響力を削ごうとし、経産省はその力を利用しようとしていると解することができます。

コーポレート・ガバナンス改革では、配当等の株主への還元は大幅に増加したものの、期待されていた設備投資の増加や賃金の上昇については未だ目立った効果が認められていません。

また、東芝の混乱を見ると、ファンドの貪欲な利益追求が企業価値を損なわせているように見受けられます。

だからと言って、コーポレート・ガバナンス改革は失敗であったと即断すべきでありません。

長期低迷していた日本経済を一朝一夕に変えることは、それほど容易なことではないはずです。

多様なバックグラウンドを持つ社外取締役が大幅に増加するなど、既に大きな変化は生じています。その中には、意欲、能力を兼ね備えた方も大勢いるはずです。

改革のすべてが正しい訳はないですが、トライ・アンド・エラーの構えで改革を続けるべきではないでしょうか。

上村先生の論稿は、近時のコーポレート・ガバナンスについての議論に一石を投じるもので、傾聴に値するものです。

随所で、今会社法の基本書で最も読まれていると思われる田中亘教授の『会社法 第3版』(東京大学出版会・2021)に対する批判が繰り広げられています。田中先生のお考えは経済学的識見を基盤に会社法の解釈においても効率性を重視するものであって、現代の一つの潮流に合致するものと言えます。

多様な考え方に触れることは、議論を深化させる一つの契機になると思います。

ところで、上村先生は同書において、司法改革による法科大学院制度の導入、いわゆるロースクールが法学研究者養成に大きな打撃を与えたことにも若干触れられています。

私自身法律事務所を20年近く経営してきて、司法改革の影響である司法修習生の就職難、弁護士の所得減少による法曹志願者の減少を目の当たりにしてきました。

私の事務所は比較的司法試験上位合格者を採用していますが、それでも志願者減少に伴い、司法研修所を出た段階でのレベルは低下傾向にあると感じています。

就職難はごく一時的なもので既に解消されています。また、弁護士の所得は平均的には減少したとはいえ、意欲と能力があれば他の世界よりもまだまだ恵まれているでしょう。

かつてと比べて隔世の感のある近時の志願者数の少なさは、意欲と能力のある方にとっては法曹の世界に飛び込む絶好のチャンスではないでしょうか。

なお、司法改革の弊害について舌鋒鋭く指摘するものとしては、2003年に共にイデア綜合法律事務所を設立した坂野真一弁護士のブログがあります。厳しい批判だけでなく、美しい写真や優しいお人柄が滲み出る文章など緩急、硬軟のメリハリもあって弁護士に人気があります。

ご興味のある方は是非ご覧ください。

弁護士坂野真一のブログ - 気付いたことなど不定期にアップしていきます。 (win-law.jp)

加藤真朗

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